広報PRコラム#43 危機のときにこそ「舞台裏」(4)
こんにちは、荒木洋二です。
前回は、みずほ銀行の大規模システム障害から学べる教訓や、同社が抱える組織風土の問題を掘り下げてみました。
前回のコラム執筆直後、8月19日から20日、みずほ銀行で今年5回目となるシステム障害が発生しました。再発防止策が発表されたのが6月15日ですから、その2カ月後に起こった障害です。再発防止策の柱の一つである、外部専門家からの提言をどこまで実行できるのか。今回を契機に、組織変革の歩みを加速させることができるのか。心理的安全性の高い組織風土へと変革できるのか。みずほ銀行の行動から目が離せません。
◆注目すべきは、みずほグループの統合報告書
みずほグループの変革の兆しとして、刮目したいのが統合報告書の内容です。最新版は以下をご覧いただきたい。
・みずほフィナンシャルグループ『統合報告書 ディスクロージャー誌 2020』
同報告書は、全部で550ページに及ぶ膨大な情報が掲載されています。その中で「ステークホルダー・コミュニケーション」については、95ページから3ページにわたって記載されています。社員とのコミュニケーションについては、96ページに記載があります。
同ページにはリード文として、「グループ内のコミュニケーションの質と量を飛躍的に高めることで、経営と本部、現場の関係を双方向かつフラットなものとし、グループ社員一人ひとりが自発的・主体的に行動する企業カルチャーへの変革に取り組みます」とあります(太字は筆者)。
企業風土、企業文化の変革をここでも明確に掲げています。それでも事故は発生し、その要因として、企業風土があったと指摘されました。この事実を踏まえた上で、来年発行される『統合報告書 2021』にどう記されるのか。統合報告書は、企業が広報PRの一環として発行する広報媒体の一つです。まず、ここに注目したいと思います。
なぜ、統合報告書に注目するのか。理由があります。
雪印メグミルクの前身である雪印乳業のことがあるからです。同社グループは、2000年と2002年に食の安全・安心を揺るがす二つの事件を起こしました。覚えている読者も多くいることでしょう。「雪印乳業食中毒事件」と「雪印食品牛肉偽装事件」です。同社グループに対する信頼は一気に失墜、2005年に雪印食品は廃業へと追い込まれました。
同社は二つの事件が続き、経営に甚大な痛手を負い、深く反省し、二度と事件を起こさないことを決意しました。その証しとして、2003年度から事件を風化させない活動を、二つの事件の発生月である6月と1月に毎年実施しています。2019年度で34回目を数えるまでになりました。
雪印メグミルクが発行する『雪印メグミルクレポート 2020 統合報告書』では、同活動について明記しています(67ページ「コンプライアンス」)。雪印乳業として発行していたCSR報告書にも毎年掲載されており、今はそれが統合報告書に引き継がれています。2020年が「雪印乳業食中毒事件」から20年の節目の年だったこともあり、同報告書の「トップメッセージ」で代表取締役社長の西尾啓治氏も「事件を決して風化させないため、たゆまぬ努力を続ける」と述べています。 組織として、二度と食の安全を脅かすような事件は起こさない、という不退転の決意を目の当たりにしました。
筆者が統合報告書に注目する理由がここにあります。
では、5回の障害を受け、みずほグループはどう振る舞うのでしょうか。果たして統合報告書でトップが何を語り、何を記載するのか。統合報告書の発行を待ちたいと思います。
◆そもそも統合報告書って何?
ここで少々脱線しますが、「統合報告書」について解説します。
企業社会では、主に株主や投資家向けに財務情報を開示する報告書として、「アニュアルレポート」(年次報告書)が広く知られています。投資判断のための有力な情報源です。非営利組織は、会員向けに年間報告書を発行しています。事業報告と決算報告、事業計画の3点セットで定着しています。いずれも発行が義務付けられています。
企業が発行する年次報告書に関する基礎知識を、簡単に整理してみましょう。
十数年前から今日に至るまで、企業社会では欧米の影響で、年次報告書にいくつかの変化が現れました。現在、年次報告書は次の四つの名称で分類されています。開示・報告する対象も株主・投資家にとどまらず、全ての利害関係者へと広がっています。そのため、内容も文章中心から写真や図解、図表・グラフなど、視覚に訴える情報を多く掲載しているのが特徴です。
①アニュアルレポート:従来の財務情報と、財務・非財務情報の両方を報告する2パターン
②環境報告書 :企業の環境問題に対する取り組みを報告
③CSR報告書 :企業の「社会的責任」に関する取り組みを報告
④統合報告書 :①〜③の全てを網羅した内容を報告
おおむね、①に加え、②あるいは③のいずれかとで、2種類の報告書を発行している企業と、全てを④に統合している企業に分かれます。ほとんどが100ページ以上で構成されています。
CSR(企業の社会的責任)には、ISO(国際標準化機構)が定めるガイドラインが、統合報告書には、IIRC(国際統合報告評議会)が定めるガイドラインがあります。統合報告書では、多くの企業がESG(環境・社会・ガバナンス)の三つの視点を取り入れています。ここ2、3年はSDGs(持続可能な開発目標)が「流行」のようです。SDGsは、2015年9月の国連サミットで採択されました。国連加盟193カ国が、2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。
関心がある人は、ISO、IIRCの名称や報告書名などで検索すれば、概略は分かりますし、書籍も多数出版されています。
企業が発信する公式情報は2種類に大別できます。「表舞台」と「舞台裏」の情報です。この2種類の情報を次の四つの媒体として「見える化」し、伝えます。当社は「広報基本4媒体」と称しています。
1、ファクトブック
2、プレスリリース
3、ニュースレター
4、アニュアルレポート
あらゆる利害関係者に対して、自らの魅力、価値をどうやって伝えるのか。何を考え、これからどう振る舞うのか。一つ一つの営みと、その奥底に流れる思いをどうやって「見える化」するのか。広報PRは重要な役割を担っています。
◆リクルート社内報に見る「舞台裏」を伝える意義
本題に戻ります。
危機のときにこそ、「舞台裏」を明らかにすることの意義は何か。第1には、そこで得た教訓は、企業社会全体にとっての財産、社会的利益となる、ということです。第2には、組織存続の原動力となり得るし、信頼の証しとなり得る、ということです。
ここで当コラム「#39」でも取り上げた、リクルートの社内報を事例に、第2の意義を明らかにしていきます。
リクルートという組織が直面した二つの事案を紹介します。『もっと! 冒険する社内報』(福西七重著、ナナ・コーポレート・コミュニケーション刊)から、それぞれの事案を概観しつつ、社内報、つまり広報が果たした役割を解説します。
・大学生の名簿販売疑惑(1980年)
・リクルート事件(1988年)
・大学生の名簿販売疑惑(1980年)
1980年10月、朝日新聞が「リクルートは大学在学生の名簿を販売している」という記事を掲載し、これを機にリクルートバッシングが起きました。実際は、誤解されるような仕組みや行動はありましたが、名簿販売の事実は認められませんでした。
報道後、すぐさま、同年11月号の社内報『かもめ』でこの問題を正面から取り上げ、特集しました。題して「どう変わる リクルートの経営 “朝日前”と“朝日後”」です。役員と社員からコメントをもらい、当時の江副社長も原稿を執筆しました。「リストの売買と報道された点に関しては、疑われるようなことをやってはいけない、襟を正さないといけない」ということで、取締役座談会を開き、誌面に掲載しました。反省の姿勢を社内報で堂々と示したのです。当時の社内報の責任者であった福西氏は、記事を書いた朝日新聞の記者に同号を直接届けたそうです。その後、同記者はリクルートに対して好意的になったといいます。
その姿勢を目の当たりにした、PR研究会代表の池田喜作氏(故人)はリクルートを高く評価したそうです。PR研究会は、「全国社内報コンクール」を主催していた団体です。池田氏は、「朝日新聞に叩かれた時、全役員が誌上で反省会をやっていた」潔さを、翌年の同コンクールで『かもめ』が最優秀に選出された、最大の理由として挙げています。
さらに池田氏はこう続けます。書籍『もっと! 冒険する社内報』で引用されていた、池田氏の文章の一部を紹介させていただきます。※以下、原文のママ引用。引用符内の太字は筆者。
「ほかの多くの企業が、かつてそれと類似の事件に遭遇したときに、社内報誌上では口をつぐんでひとことも触れなかった“古い体質”と比べたら、どちらが活性力のある組織か、明白であろう。失敗や事故は、経営活動につきものである。それを『臭いものにはフタ、見て見ぬフリ』で禍根を永遠に残すか、それとも新しい革新の火ダネとして活かすかは、その企業の意思決定権をもつ経営者、管理職の方々の責任だろう」。
『かもめ』は、社員たちが自分たちの意見や(建設的な意味での)不満も自由に発信できる場として、機能していました。危機のときにも、その姿勢にぶれは生じなかったのです。福西氏の発案で、社員の了解を得た上で家族にも『かもめ』を送っていました。家族の方が、社員以上に熱心に読んでいることもあり、社内事情に詳しかったとのエピソードもあります。家族も読者であり、リクルートのファンになっていました。ですから、朝日新聞の報道でリクルートバッシングが起こった際も、多くの家族が味方となり、励ましの電話や手紙があったほどです。
しかし、その約8年後、リクルートの存続を脅かすほどの、事件が発生しました。それが世に言う「リクルート事件」です。
次回は「危機のときにこそ『舞台裏』」の最終回として、同事件を概観しつつ、社内報が果たした役割を明らかにします。心理的安全性は、社内報によってもつくられることも示したいと考えています。