第9回 情報発信の本質は「エモーション × ストーリー」(2)

こんにちは、荒木洋二です。
現代社会は、膨大な情報がネットを中心に目まぐるしく駆け巡っています。経営者や情報発信に従事する者たちは、企業が発信する情報の本流とは何なのか、どんな情報を組み合わせればいいのか。その最適解を日夜、必死に探しています。
その問いをひもとくためのキーワードが、エモーション(感情)とストーリー(物語)です。どんな情報が人々の心を動かし、行動を変えていくのか。
つまり、ニュースルームでどんな情報を共有し、蓄積していけばいいのか。
現代は感性で差別化する時代を迎えていると、前回(第8回)で述べました。近年のSNSなどでの現象を取り上げ、パーソナルなエピソードが人々の「エモーション」を動かす、という事実を明らかにしました。
今回は、先進的な企業の取り組みから「エモーション」を動かす情報の実際を確認していきましょう。
◆社員インタビューをステークホルダー全体に共有・発信
企業発信の情報もここ5、6年の間で前回述べた個人と同じ傾向が見られます。社員個人などにインタビューし、そのエピソードを積極的に自社サイトやSNSで発信しています。社内のさまざまな部署で活躍する一人一人に光を当て、大勢の声や姿を発信し続けています。
社員のエピソードは、従来であれば、大企業では社内報として紙のメディアで発行されていました。紙のメディアということもあり、読者は社員、あるいは社員の家族に限られています。その後、インターネットの普及により、大企業のほとんどはウェブと紙の両方で社内報を発信するのが当たり前になります。
そこに新たな変化が生まれます。顕著な傾向として、読者の対象を社員にとどめず、ステークホルダー全体に共有しよう、区別なく伝えようとする方向に舵を切っているのです。自社の中身、内側、裏側を隠さずにオープンにする。つまり舞台裏を堂々と明かしているのです。
パーソナルなエピソードが「エモーション」を動かすことと鑑みると、これらは必然の流れといえます。社員だけに限定する必要はありません。
企業発信の実例として、いくつか挙げてみましょう。
・トヨタ自動車『トヨタイムズ』
・キリンホールディングス『KIRIN公式note』
・エン・ジャパン『en soku!』
・クロスメディアグループ『クロスメディアン』
◆トヨタ自動車の『トヨタイムズ』
トヨタ自動車が運営するウェブサイトの1つに『トヨタイムズ』があります。グローバルニュースルームの中でも非常に重要なコンテンツです。テレビCMでも頻繁に見かけますので、ご存じの人も少なくないでしょう。テレビ朝日の元アナウンサー・富川悠太氏が、『トヨタイムズニュース』のキャスターに転身したことでも世間の注目を集めました。
同サイトの名物コーナーの1つが、「日本のクルマづくりを支える職人たち」です。このコーナーの全ての記事では、毎回同じ文章を冒頭に掲載しています。「3DプリンターやAIをはじめとするテクノロジーの進化に注目が集まる時代だが、クルマづくりの現場では今もなおあまたの『手仕事』が生かされている」とあります。
自動車が完成する最後の工程には、必ず「手仕事」があるというのです。しかも何工程にも分かれています。モノづくりの現場で各工程に携わる職人・匠たち一人一人のパーソナルなエピソードが、ふんだんに盛り込まれています。
これらの記事に触れてみると、職人・匠たちの情熱が伝わってきます。クルマづくりにおける「手仕事」のこだわりの数々に圧倒されることもあります。気になった記事を一読してみてください。きっと感情が揺さぶられることでしょう。
◆キリンホールディングスの『KIRIN公式note』
キリンホールディングスは、2019年4月から『KIRIN公式note』を始めました。公式noteには、「働くを語る」というカテゴリーがあります。社員「自らの言葉で、働くうえで工夫していることや、今後目指す自分の姿について語っている記事」(同サイト)がこのカテゴリーだけで約100本掲載されています。
キリンの情報発信における挑戦に関しては、同社コーポレートコミュニケーション部・平山高敏氏の著書『ステークホルダーを巻き込みファンをつくる! オウンドメディア進化論』(宣伝会議、2023年2月刊)が詳しい。ぜひ手に取って読んでみてください。
平山氏は中途入社だったため、彼が言うには「転校生」の立場でした。転職当初、デジタルマーケティング部に配属された彼は、社員たちに「なぜその商品を作ろうと思ったのか、その商品におけるこだわりは何か?」などを聞く機会が何度かあったようです。
社員が語る商品に対する愛情や思い入れに感銘を受けたと、同書で平山氏は述べています。そして、「外に出さないのはもったいない」「これだけの熱量を出さない理由はない」と思ったのが、公式noteなどのメディアを立ち上げる原動力となったのです。
社員たちのエモーションに触れ、彼自身のエモーションが動かされたことが始まりだったのです。
次回は、『en soku!』と『クロスメディアン』では、どんなエモーショナルな記事が公開されているのかを明らかにします。