第11回 情報発信の本質は「エモーション × ストーリー」(4)

こんにちは、荒木洋二です。
現代社会は、膨大な情報がネットを中心に目まぐるしく駆け巡っています。経営者や情報発信に従事する者たちは、企業が発信する情報の本流とは何なのか、どんな情報を組み合わせればいいのか。その最適解を日夜、必死に探しています。
その問いをひもとくためのキーワードが、エモーション(感情)とストーリー(物語)です。どんな情報が人々の心を動かし、行動を変えていくのか。
つまり、ニュースルームでどんな情報を共有し、蓄積していけばいいのか。
現代は感性で差別化する時代を迎えていると、(1)で述べました。(2)(3)では、先進的な企業の取り組みから「エモーション」を動かす情報の実際を確認しました。
今回は、エモーショナルなエピソードこそが情報発信の主流であることを、YouTubeやテレビ番組などの実例から確認します。
◆日常生活を淡々と配信するYouTube番組『軽バン生活』
個人のエモーショナルなエピソードとはどんなものなのか。今一つ実感として捉えられないかもしれません。
ただ、読者のみなさんもSNSやYouTube番組でパーソナルなエピソードに触れ、心が動かされた経験が何度かあるのではないでしょうか。
前回紹介したエン・ジャパンの『en soku!』は、日常を切り取ったエピソードだけで成立していました。同様に日常をただ切り取っただけなのに、多くの視聴者や再生数を獲得している人気YouTube番組も実在します。
その一つが『軽バン生活』です。ある夫婦2人が中古の軽自動車を38万円で購入。その車をキャンピングカー仕様に改造し、日本を一周する番組です。内容は毎回ただひたすら日常生活を淡々と配信しているだけです。
日本経済新聞やテレビ番組などで何度となくニュースになっているので、知っている人もかもしれません。登録者は約49.7万人(2025年5月末時点)。2020年12月にチャネルを立ち上げてから4年半でで167本(年間平均37本)の動画を配信。トータルで約8800万回再生されています。
◆パーソナルなエピソードを扱う人気テレビ番組
単純に視聴数の8800万回を167本で割ると、動画1本当たり平均で約53万回再生されている、ということです。日本雑誌協会によると、『週刊文春』(文藝春秋社)の2024年の年間平均発行部数は約42万部。日本トップといえる雑誌並みのメディアパワーがあると捉えることもできます。
かなり特異な生活を送っているとはいえ、一般人の日常生活が多くの視聴者の感情に何らかの影響を与えていることの証左ともいえます。
ビジネスパーソンを中心に人気が高いテレビ番組といえば、どの番組を思い浮かべるでしょうか。筆者は『情熱大陸』(TBS系列/毎日放送)と『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)です。いずれの番組も毎回一人の人物に密着するドキュメンタリー番組です。パーソナルなエピソードのみで成立している番組です。
『情熱大陸』は、「毎回、スポーツ、演劇、音楽、学術など、ありとあらゆる分野の第一線で活躍する人物にスポットを当て、その人の魅力・素顔に迫ります」(同番組ウェブサイトより)。『プロフェッショナル』は、「超一流のプロフェッショナルに密着し、その仕事を徹底的に掘り下げるドキュメンタリー番組」(同番組ウェブサイト)です。
◆ストーリーを構成する最小単位としてのエピソード
企業における情報発信の本流とは何なのか。経営者や情報発信に従事する者たちは探求し続けています。その問いをひもとくためのキーワードが「エモーション」と「ストーリー」だと筆者は捉えています。そのストーリーを構成する最小単位がエピソードです。
エピソードが幾重にも組み合わさり積み重なることで、物語が紡がれます。つまりエモーショナルなエピソードがストック(蓄積)されることで、ストーリーが成り立ちます。すなわちニュースルームとは、エモーショナルなエピソードにあふれた、その企業自身のストーリーを紡ぐ場所なのです。
エピソードは作り話ではありません。企業でいえば、個々人の日々の営みや体験、そこに紐づく思いが言葉になったものです。まさしく「ありのまま」です。そこにはごまかしもなく、背伸びもしていません。「等身大」の姿が映し出されています。そんなエピソードがストックされて成り立つストーリーは、唯一無二のオリジナルなものです。
どんな情報が、企業の成長や企業価値を高めることにつながるのか。エモーションを動かすことができるストーリーが欠かせません。そのストーリーには、自社に関わる個々人の、一見些細に感じられるエピソード一つ一つがそのベースにあります。「エモーション×ストーリー」こそが、これからの情報発信の本流なのです。
◆どんな会社にも「もったいない」エピソードが存在
ただ、物語、ストーリーを発信することが重要だと言われても、今一つ腑に落ちない人もいるかもしれません。理由はいくつかあります。まず、創業ストーリー、起業物語のように代表者個人に限定してしまっています。すると何回かに分けて発信するにしても、すぐに読み終えてしまいます。
次にストーリーと表現すると、どうしても壮大なものをイメージしてしまいがちです。社歴が短いとか、社員が少ないからなどを理由に自社とは関係ないものと捉えがちです。「うちの社長なんか」「うちの社員のエピソードなんか」と諦めや卑下の言葉が聞こえてきそうです。
しかし、決してそんなことはありません。社長が社員や顧客を大切に思い、真面目に仕事に向き合っている社員がいれば、人の心を動かし、さらに行動へと導けるだけのストーリーが必ず存在しています。社歴の長さや社員数の多さなど、とるに足らないことです。
社内にいる人間にとって、日々の仕事は当たり前のことなので、そこに人の心を動かすエピソードがある、と自覚できていません。しかし、キリンやエン・ジャパンと同じように「もったいない」が必ず存在しています。ここに光を当てればいいのです。
次回も個人のエピソードが持つ力を実例をもとに読み解きます。筆者が最近「ハマって」いる、あるアーティスト・グループのオーディション番組を取り上げます。