総合商社は日本独自のビジネスモデルなのか:第2回 総合商社は何をつないでいるのか

総合商社は日本独自のビジネスモデルなのか
第2回 総合商社は何をつないでいるのか
前回は、総合商社に似た企業や制度が海外にも存在したことを確認しました。その上で、日本の特徴は、多くの商品、地域、機能を束ねる企業が複数存在し、競争と再編を重ねながら、その形を更新してきたことにあると考えました。
しかし、機能の数を並べるだけでは、総合商社の本質は見えてきません。情報は調査会社にもあります。金融は銀行にも、物流は海運会社にも、投資は投資会社にもあります。では、なぜ総合商社という一つの企業が、それらを併せ持つ必要があったのでしょうか。
この問いを具体的に考える材料が、1960年代の豪州鉄鉱石の開発輸入です。
豪州に鉄鉱石がある。それだけでは、日本の製鉄所に鉄鉱石は届きません。資源を供給へ変えるには、鉱山、需要家、資金、鉄道、港湾、船舶を、一つの長期的な事業として動かす必要がありました。
1 鉄鉱石があっても供給網はない
経営史研究者の田中彰氏によると、日本の粗鋼生産は1955年の900万トンから、1973年には1億1900万トンへ増えました。鉄鉱石の開発輸入を分析した研究は、この急成長に合わせて、大量の原料を安定して、しかも低い価格で確保することが、製鉄業の重要課題になったと指摘しています。
1950年代の鉄鉱石輸入は、年間1000万トン未満でした。調達先はマレーシアやフィリピンなど東南アジアの比較的小さな鉱山が中心で、市場価格で買う単純輸入も多く見られました。
状況を変えたのが、需要の急増と調達先の遠隔化です。豪州政府は1960年12月、鉄鉱石の輸出禁止を解除しました。豪州、ブラジル、インドの大規模鉱山が新しい供給源になり、鉱山開発への融資や出資と、長期の引き取りを組み合わせる開発輸入が広がりました。
しかし、大規模な鉱山には、採掘設備だけでなく、鉱石を港まで運ぶ鉄道、大型船が入れる港、電力、働く人の住居が要ります。田中氏がハマスレー社の1969年資料から示した固定資産の構成では、鉱山、機械、ペレット設備が32%だったのに対し、鉄道26%、港湾17%、住居16%、電力9%でした。
鉱石そのものより、その周りにある仕組みの方が大きい。ここに、資源が存在することと、供給網が存在することの違いがあります。
2 別々の条件を一つの約束へ変える
鉱山会社は、大規模な投資を回収できる長期需要を必要とします。日本の鉄鋼会社は、原料の安定調達を求める一方、国内の製鉄設備への投資を優先していました。金融機関は返済の見通しを、海運会社は継続的な貨物を、設備会社は受注を必要とします。関係者は多くても、それぞれの条件は最初から一致していません。
鉄鉱石の購入契約を結び、数量を決める主体は鉄鋼会社でした。商社に最終決定権があったわけではありません。複数の商社が輸入代理店として入り、そのうち一社か二社が「幹事商社」となりました。幹事商社は、交渉で鉄鋼会社を補佐し、現地の操業を確認して情報を送り、参加商社の間で、船の積載能力を割り振る「船腹配分」などを調整しました。
幹事の地位は、名前だけでは得られません。丸紅は英国系のリオ・ティントと、豪州で鉄鉱石の鉱床を共同で探し、その探鉱費の半分を負担しました。その結果、ハマスレー案件の幹事商社になりました。三菱商事は、同案件に資金と技術を持ち込んだ米国のカイザー・スチールとの関係を通じ、もう一社の幹事商社になりました。
丸紅は自らリスクを取ることで入口をつくり、三菱商事は既に持っていた国際的な関係から入口をつくった。同じ商権に至っても、接続の経路は違っていました。
3 取引を事業に変える
幹事商社がつないだのは、売り手と買い手だけではありません。鉱石を輸入する一方で、鉱山、鉄道、港湾の建設に必要な設備、機械、資材を日本から輸出しました。田中氏は、輸入と輸出を一つの案件で同時に成立させるこの方法を「システム的取引」と説明しています。
商社の金融機能も、銀行そのものになることではありません。商社は出資や融資の一部を引き受けながら、当時の日本輸出入銀行と市中銀行による協調融資を、鉱山開発と長期引取の計画へ結び付けました。田中氏が確認した、日本輸出入銀行の承認額が10億円を超える大型案件には、全て総合商社が関わっていました。
物流でも、単に船を手配したのではありません。三菱商事は、中東の原油を欧州へ運び、ブラジルの鉄鉱石を日本へ運ぶ三角輸送を組みました。日本郵船、三菱重工業、日本の鉄鋼会社、米国の石油会社を結び、船が空荷で走る区間を減らしたのです。
情報、金融、物流、投資は、ここでは独立した機能ではありません。現地の事情を継続的に把握しているから、探鉱リスクを判断できる。複数の鉄鋼会社による長期需要を束ねられるから、融資の前提を整えられる。異なる区間の貨物を一つの運航計画に組み合わせられるから、船が空荷で走る区間を減らし、輸送費を抑えられる。機能は、接続されて初めて事業を動かします。
この能力は、総合商社の企業群そのものも変えました。田中氏によると、六大総合商社が扱う鉄鋼取引の比率は、1965年の58・5%から1970年には70%を超えました。広い機能を一つの案件に束ねられなかった専門商社の多くは、総合商社に吸収されるか、鉄鋼会社への依存を強めました。
4 誰も埋めていない空白に立つ
社会ネットワーク研究には、互いに直接つながっていない集団の間に生じる「ストラクチャー・ホール」という考え方があります。提唱者のロナルド・バート氏は、その空白を橋渡しする位置には、異なる情報へ早く接し、離れた主体を結び付ける機会が生まれると論じています。
総合商社の位置は、これに似ています。鉱山会社、鉄鋼会社、金融機関、海運会社、設備会社は、それぞれの業界の中で情報を持っています。総合商社は業界と国境をまたぐため、片方の条件をもう片方が理解できる形へ翻訳できます。
ただし、ストラクチャー・ホールという概念が主に説明するのは、ネットワーク上の位置と、そこから得られる情報や仲介の機会です。総合商社は、橋を架けるだけではありません。長期契約、融資、出資、輸送計画、設備供給へ落とし込み、関係者が実際に動ける仕組みまでつくります。
総合商社の機能を研究した垰本一雄氏も、商取引、情報、金融、物流などを列挙するだけでは本質は見えず、顧客や外部組織とともに事業をつくり、内外の機能を統合する点に注目しています。
私は、ここに総合商社の「接続する能力」を見ます。それは、知り合いが多いという意味ではありません。関係を持ち、異なる条件を理解し、誰がどのリスクをいつまで負うかを決め、契約と運用へ変える能力です。
5 関係を制度へ変える
この過程を、五つの無形資本で捉え直すと、関係資本と制度資本のつながりが見えてきます。
丸紅とリオ・ティント、三菱商事とカイザー・スチール、商社と鉄鋼会社、銀行、海運会社との接点や信用は、関係資本です。しかし、関係があるだけでは、鉱石は継続して届きません。長期引取契約、投融資の審査、輸送力の配分、鉄道と港湾の整備、現地情報を上げる手順へ変わって初めて、繰り返し動く供給網になります。
私は、こうして個別の関係が、担当者が替わっても使える契約や判断の仕組みに変わった状態を、制度資本と捉えています。
関係資本が制度資本へ変わる。制度によって取引が続くと、新しい情報と信用が蓄積され、次の関係資本が生まれる。総合商社の接続能力は、この循環に支えられているのではないでしょうか。
6 接続できることと所有できること
ただし、接続する能力を、万能な能力として描くことはできません。
丸紅は2012年、米国の穀物会社Gavilonの買収を発表しました。当時の説明資料は、Gavilonが持つ北米の集荷網と、丸紅が持つ世界の販売網を組み合わせ、競争力のある穀物調達販売網をつくるという構想を示しています。生産者から集荷、輸送、貯蔵、輸出、販売までをつなぐ計画でした。
しかし丸紅は、2019年度決算で、Gavilon穀物事業に783億円、米国西海岸の穀物輸出事業に199億円の減損を計上しました。その後、保有方針を見直し、2022年10月にGavilon穀物事業の譲渡を完了しました。
一方、丸紅の公式説明は、良好な事業環境の下で資産価値を最大化できる機会を得たため譲渡を決めた、としています。減損と譲渡だけから、当初の接続構想そのものが失敗だったと断定することはできません。
それでも、私はこの事例から、主体をつなぐ能力と、つないだ巨大資産を長期に所有し、日々運営し、価格変動の中で収益化する能力は、重なりながらも同じではないと考えます。接続の構想が優れていても、所有と統治の成否までは保証しません。
7 総合商社は何をつないでいるのか
総合商社が売っているのは、商品だけではありません。
需要と資源。企業と企業。民間資金と公的金融。鉱山の時間と工場の時間。片方が負えるリスクと、もう片方が負えないリスク。別々の合理性を持つ主体の条件を、一つの事業として互いに約束できる形へ変えています。
情報、金融、物流、投資のどれか一つが本質なのではありません。それらを必要な順序で組み合わせ、取引を事業へ変えることが本質です。私は、それを総合商社の接続する能力と捉えます。
ただし、その能力がいつでも総合商社にしかないとは限りません。メーカーが海外組織と資金調達力を持ち、専業企業が物流と金融を統合すれば、接続の担い手は変わります。総合商社の価値は、社名や規模ではなく、その時点で誰も埋めていない空白を見つけ、持続する仕組みへ変えられるかによって判断されるべきでしょう。
8 次回 会社が消えても遺伝子は残るのか
では、接続する能力は、企業のどこに蓄積されるのでしょうか。
法人格でしょうか。人材でしょうか。商権や取引先との関係でしょうか。それとも、審査、交渉、情報共有、危機対応の仕組みでしょうか。
戦後、三井物産と三菱商事は解体され、戦前と戦後で法人格は切れています。それでも、人材、関係、商権、判断の仕組みが再び集まり、総合商社として立ち上がりました。
次回は、法人が断絶しても受け継がれたものをたどり、歴史資本の本質を考えます。
