欧州ラグジュアリーブランド:第10回 長沢理論をSRCFで読み替える

――価値は、どこで生まれ、どこに蓄積されるのか
こんにちは、荒木洋二です。
前回は、日本の老舗と欧州ラグジュアリーの違いについて考えました。
どちらにも、長い歴史があります。
職人の技術があります。
顧客との関係があります。
長い時間をかけて守り、変えてきたものがあります。
違いがあるとすれば、それらを持っているかどうかではなく、蓄積してきたものを社会との関係の中でどこまで意味づけ直してきたのか。
そこに「意味の社会化」という違いが見えてきました。
では、そもそもラグジュアリーが持つ価値は、これまでの研究ではどのように説明されてきたのでしょうか。
日本でこの問題を長く研究してきた一人が、早稲田大学の長沢伸也氏です。
長沢氏は、欧州ラグジュアリーブランドだけでなく、日本の老舗、地場産業、伝統産業なども対象に、感性価値、経験価値、ものづくり、技術経営、ラグジュアリー戦略などの観点から研究を重ねてきました。
本稿では、これら一連の研究を便宜上「長沢理論」と呼びます。
その研究をSRCFの視点から読み直してみると、ここまで本連載で見てきた五つの資本との興味深い重なりと、同時に重要な違いが見えてきます。
1.機能を超えた価値は、どこから生まれるのか
ラグジュアリーを考えるとき、避けて通れない問いがあります。
なぜ、人は機能だけでは説明できない価格を受け入れるのでしょうか。
時計であれば、時刻を知ることができます。
バッグであれば、物を運ぶことができます。
衣服であれば、身体を覆うことができます。
機能だけを比べれば、より安価な製品はいくらでもあります。
それでも、特定のブランドや製品に、機能を大きく超えた価値が認められる。
長沢氏の研究が注目してきたのが、感性価値です。
人は製品の性能だけを評価しているのではありません。
美しい。
心地よい。
持っていたい。
触れてみたい。
自分にとって特別である。
そこには、合理性だけでは説明できない価値があります。
そして、その価値は商品単体から突然生まれるわけではありません。
歴史。
土地。
人物。
技術。
ものづくり。
顧客が経験する空間や時間。
さまざまな要素が重なり、製品に機能を超えた意味を与えます。
ラグジュアリーとは、モノに付加価値を載せるというより、モノを取り巻く多くの意味が一つの価値として受け取られる構造を持っているのです。
2.歴史、土地、人物、技術は「資源」になる
長沢氏の研究で特に興味深いのが、歴史、土地、人物、技術をブランドの要素、つまり経営資源として捉えている点です。
通常の商品では、必ずしも価値として表に出ないものがあります。
いつ創業したのか。
どこで生まれたのか。
誰がつくったのか。
どのような技術が受け継がれているのか。
機能だけを競うのであれば、こうした情報は周辺的なものかもしれません。
しかし、ラグジュアリーでは違います。
創業地が意味を持つ。
創業者の人生が意味を持つ。
職人の技術が意味を持つ。
長い歴史そのものが意味を持つ。
つまり、本来そこに存在していたものが、意味づけられることによって経営資源へと変わります。
ここには、第9回で考えた「意味の社会化」とほぼ同じ構造が見えます。
価値は、新しくつくらなければならないとは限りません。
すでに存在しているものの意味を見つけ直すことによって、価値になることがあります。
3.五つの資本から見ると、何が見えるのか
では、長沢氏が示してきた要素をSRCFから見ると、どうなるでしょうか。
歴史は、歴史資本と重なります。
創業者や職人の存在は、物語資本につながります。
技術やものづくりの仕組みは、制度資本として見ることができます。
商品や店舗を通じて生まれる感動、憧れ、愛着は、感情資本と関係します。
そして、それらが顧客との継続的なつながりへ変われば、関係資本として蓄積されていきます。
一見すると、きれいに対応しているように見えます。
しかし、完全な一対一対応ではありません。
例えば「人物」は物語資本だけではありません。
創業者の判断が工程や教育に残れば、制度資本になります。
職人への敬意が顧客の中に生まれれば、感情資本にもなります。
「土地」も同じです。
創業地として語られれば物語資本となり、地域との長い関係として残れば関係資本となり、そこでしか成立しない製法と結び付けば制度資本にもなります。
一つの出来事や要素が、一つの資本にだけ属するわけではありません。
何として存在するかではなく、
どのような働きをしているのか。
SRCFは、そこを見ます。
4.感性価値と感情資本は、同じではない
もう一つ、区別しておく必要があります。
長沢氏が研究してきた「感性価値」と、SRCFにおける「感情資本」は近く見えます。
しかし、同じものではありません。
感性価値は、人が商品やブランドに触れたときに感じ取る価値を考えるうえで重要な概念です。
美しい。
欲しい。
特別だ。
心が動く。
そこには、機能的価値だけでは説明できない人間の感覚があります。
一方、感情資本で重視するのは、その感情が時間の中で蓄積されることです。
一度感動しただけでは、まだ資本とはいえません。
何度も期待に応えられる。
使い続けても信頼できる。
問題が起きたときにも誠実に応答される。
年月を経るほど愛着が深まる。
こうした経験が重なることで、一時的な感情が蓄積された感情へと変わります。
つまり、
感性価値が「その瞬間にどのような価値を感じるのか」を照らすとすれば、
感情資本は「その感情が時間の中で何として残っていくのか」を見ます。
感性価値は、感情資本が生まれる重要な入口になり得ます。
しかし、入口と蓄積は同じではありません。
5.「価値が生まれる」から「価値が循環する」へ
ここに、長沢氏の研究とSRCFを重ねたときに見えてくる違いがあります。
長沢氏の研究は、なぜある商品やブランドに機能を超えた価値が生まれるのかを明らかにしてきました。
歴史。
物語。
土地。
技術。
ものづくり。
顧客経験。
それらを経営資源として生かすことで、感性価値やブランド価値が生まれる。
一方、SRCFがさらに問うのは、
生まれた価値は、どこに蓄積され、その後どう動くのか。
ということです。
例えば、職人の技術があります。
その技術が製品を生み、顧客に感動を与える。
感動が愛着へ変わる。
愛着が長期的な関係を生む。
顧客がその経験を誰かに語る。
その語りが新しい物語になる。
物語が企業に記録される。
記録されたものが、次の世代の教育や判断に使われる。
そして、再び新しい製品や経験が生まれる。
制度資本から感情資本へ。
感情資本から関係資本へ。
関係資本から物語資本へ。
物語資本が歴史資本となり、再び制度へ戻っていく。
価値は、一方向に生まれるだけではありません。
複数の資本の間を移動しながら、企業と社会との関係の中で循環していきます。
6.ラグジュアリーにならなくてもいい
ここで、非常に重要なことがあります。
長沢氏は、欧州ラグジュアリーだけでなく、日本の地場産業、伝統産業、老舗企業についても研究してきました。
日本企業が持つ技術や歴史、ものづくりを、価格競争ではない価値へつなげられる可能性が、そこでは検討されています。
SRCFから見ると、この問いをさらに広げることができます。
すべての企業が、ラグジュアリーブランドになる必要はありません。
高価格の商品をつくる必要もありません。
歴史を華やかな物語にする必要もありません。
重要なのは、
自分たちは何を積み重ねてきたのか。
誰との関係によって続いてきたのか。
どのような判断が制度として残っているのか。
誰の中に、どのような感情が蓄積されているのか。
その存在に気付くことです。
第9回で見たように、日本企業の中には、すでに豊かな資本が存在していても、それを資本として認識していない場合があります。
当たり前すぎて、見えていない。
言葉になっていない。
記録されていない。
外部へ伝わっていない。
ラグジュアリー研究から学べるのは、単に「高く売る方法」ではありません。
見過ごされていたものを、価値として見つけ直す視点です。
7.価値をつくることから、価値を残すことへ
長沢氏の研究をSRCFから読み直すと、ラグジュアリーの姿が少し違って見えてきます。
歴史は、古さではない。
人物は、有名人である必要はない。
技術は、性能だけではない。
経験は、一時的な演出ではない。
それぞれが意味を持ち、別の資本と結び付き、社会との関係の中で受け取られることで、価値になります。
そしてSRCFが加えるのは、その先です。
生まれた価値を、一度きりで終わらせない。
記録する。
受け継ぐ。
関係の中で確かめる。
新しい意味を加える。
そして再び社会へ返していく。
長沢氏の研究が、
「なぜ価値が生まれるのか」
を明らかにしてきたとすれば、
SRCFは、
「その価値はどこに蓄積され、どのように循環するのか」
を考える枠組みだといえます。
両者を重ねたとき、ラグジュアリーは高級品の特殊な世界ではなくなります。
企業が長い時間をかけて積み重ねてきたものを見つけ、意味づけ、社会との関係の中で価値として生かし続ける。
その構造が、より鮮明に見えてきます。
そして、ここで一つの新しい問いが生まれます。
これほど長い時間をかけて蓄積された資本も、失われることがあるのでしょうか。
歴史があっても。
技術があっても。
顧客との関係があっても。
ブランドは揺らぎ、ときには崩れます。
次回は、「ラグジュアリーの崩壊と再生」を考えます。
何が壊れたとき、ブランドはその力を失うのか。
そして、一度傷ついた資本は、どのようにすれば再び動き始めるのか。
五つの資本の循環という視点から読み解いていきます。
