広報PRコラム#28 伝わるための三原則(2)
こんにちは、荒木洋二です。
◆伝える相手の「内」と「外」を知る
企業社会では、多角的かつ多層的に膨大な情報が日々現場で飛び交っています。各プレイヤー間で多種多様な情報を共有したり、受発信したりしています。経営者と社員の間、人事部門と社員、社員同士、営業部門や顧客相談部門と顧客、購買・販売部門と取引先、財務部門と株主・投資家・金融機関など、全ての部門で行われています。報道関係者や地域社会(住民・行政)との間でも同様です。
情報量は増え続け、あふれ返っています。そのような状況で伝えようとしたことが伝わらなかったり、誤解されたりするなど、誰しもが何度も経験していることでしょう。反対に相手の真意を理解できなかったり、誤解したりすることも少なくないでしょう。
どうすれば、自らの考えや思い、価値観、魅力、価値が相手に正しく伝わるのでしょうか。
そのためには前回のコラムで言及したとおり、まず相手の状態と状況を知ることです。企業広報でいえば、その相手とは具体的には各利害関係者たちのことを指します。例えば、顧客をとってみても個々の状態と置かれた状況は共通点はあるでしょうが、決して一様ではありません。
相手の状態と状況とは、相手の「内側」と「外側」ともいえます。何かを伝える前に、相手の内も外も知ること、理解することが重要です。知るため、理解するためには相手の姿や振る舞い、あるいは置かれた立場をよく観察しなければなりません。相手の声、本音をよく聴くことも重要です。アンケートやヒアリング、インタビューを実施しなければ、何も見えてきません。調査機関や報道機関からの情報収集も欠かせません。
個人と企業・組織に分けると次のとおりです。
・個人の状態(内面)
生い立ち・価値観・生活様式・心理状態
・個人の状況(外面)
性別・年齢・出身地・身体的特徴・住所・勤務地・勤務先・仕事内容・保有資格
家族関係・職場の人間関係・友人関係
・企業・組織の状態(内部環境)
理念・価値観・組織文化・会社概要・事業概要・業績・実績
・企業・組織の状況(外部環境)
所在地・事業領域・業界・市場動向・政治・経済・社会・自然環境・国際情勢
同じ人物だったとしても、いつ、どこで情報に接するのかにより、内容や表現方法、情報量も最適なものへと変えていく創意工夫が必要です。
当社の拙い事例を紹介します。
当社のニュースルームでは、 筆者のコラムを毎週月曜日に掲載しています。同じ内容をパソコンのモニターの前で語り、それを録画して「聴くコラム」として翌々日の水曜日に掲載しています。するとメールアラートに登録している読者の何人かから、「この前の聴くコラムは分かりやすかった」というコメントをいただくことがあります。当コラムは長いと4,000字に及ぶ回もありましたから、とてもテキストでは読めなくて、音声で聴取してくれたのかもしれません。
また、現在無償で提供しているeラーニング講座(動画視聴形式)に関しても、当社ニュースルーム で「図解と文字で学ぶ! 超解説『広報人eラーニング』」というコーナーを設けて、毎週金曜日に1講座ずつ掲載しています。その名のとおり、同様の内容を動画ではなく文字と図解で解説しています。
◆相手に合わせて伝える
相手の状態と状況をよく理解したうえで、自らの価値観や魅力、価値を伝えるのです。その際に、相手に合わせて情報の質・量・間(ま)を変化させ、伝えればいいのです。前回のコラムで最後に伝えた「伝わるための三原則」を覚えていますか。相手の状態と状況に合わせて、質と量と時間・空間を適切に組み合わせるのです。
大手企業の事例を一つ挙げて説明します。
ヤマハ発動機はバイク(二輪車)や電動アシスト自転車、マリン製品、発電機などを製造しています。1955年創業、本社は筆者の出身県でもある静岡県。同県内に六つの工場を構えています。連結での従業員数は約5万2,000人、直近の売上高(2020年12月期)は連結決算で約1兆4,700億円という大企業です。少し古いのですが、今から約3年前、日経産業新聞(2018年6月20日付け)に同社の社内広報の見直しに関する記事が掲載されました。同紙によれば、一般的に社内報の閲読率は4~5割程度が多いとしています。同社も見直す前は同程度だったものが、見直し後には85%に向上、20歳代でも75%が定期的に読むように劇的に改善されました。同社はどうして社内報の閲読率がこんなにも改善したのでしょうか。三原則に沿って整理し説明します。
・質
国内3工場にデジタルサイネージ(電子看板/専用モニター)を設置。
社内報の連載コラムなどを動画で配信。
堅苦しい部門長インタビューを削減。
若手社員や取引先を積極的に登場、社長と若手の対談など、内容をやわらかく変更。
カラーページ増加。
決算情報など堅い内容はグラフや大きなフォントを活用し、視覚に訴え、分かりやすく変更。
・量
動画の長さは3~5分程度。
A4判から女性のカバンに入るB5判に変更。
海外拠点のニュースを月20本程度配信。
・時間
女性社員が通勤途中や自宅でも読めるように、A4判から女性のカバンに入るB5判に変更。
・空間
若手社員に社内報に興味を持ってもらう「導線」として、工場にデジタルサイネージを設置。
海外子会社のニュースをウェブサイトで発信。各国の事業の実像を知ってもらう「場」を提供。
社内広報チームは、低い閲読率という現実としっかりと向き合いました。目を背けずに直視しました。発信するコンテンツの「質」を分かりやすく親しみやすく変えました。情報「量」も若手社員のことを理解したうえで短い動画で配信しました。女性社員のかばんに入るように1サイズ小さくしました。工場という「空間」にデジタルサイネージを設置し、そこで働く人が短時間で社内のことを知る機会と場を提供しました。相手(社員)の状態と状況に合わせ創意工夫して、質と量と時間・空間を適切に組み合わせ、情報を発信したのです。
◆誰が発信する情報に責任を持つのか
ほとんどの中小企業やスタートアップでは、広報責任者がいないのが現状です。プレスリリース作成を担当する、ほぼ未経験の若手社員はいても経営に関わる責任者がいません。
知らないということは、存在していないに等しいといえます。ですから、情報発信は組織にとって逃れられない宿命です。企業は営業資料(チラシ)、広告、マーケティング(オウンドメディア)、採用LP(ランディングページ)、SNS、ウェブサイトなど、さまざまな部署がそれぞれ、思い思いに情報を発信しています。しかし、発信されるメッセージに企業理念やビジョンに通じる、一貫性は保たれているでしょうか。
全ての公式情報を集約させた「情報発信基地」を設けているでしょうか。手段に過ぎない流行のツールに振り回されていないでしょうか。何のために情報を発信しているのか。どんな気持ちで何を伝えようとしているのか。理念やビジョンにつながる、ブレない情報を発信しているのか。自らの魅力や価値をちゃんと伝えているのか。そして、ちゃんと伝わっているのか。
私たちは本質を見失ってはいけません。今こそ、中小企業もスタートアップも情報発信に責任を持てる広報責任者を育成していくべきでしょう。