広報PRコラム#29 ブランディングの鍵は「舞台裏」にあり(1)

こんにちは、荒木洋二です。

◆それは「企業の人格」

筆者が起業(2006年8月)した当時、営業活動で多くの中小企業経営者と相対するなかで厳しい現実を目の当たりにしました。日本の企業社会では、「広報は当たり前」ではないという現実です。もっと踏み込んでいえば、「真の広報」が当たり前になっていませんでした。企業数の9割以上を占める中小企業では、「広報」という言葉自体が浸透していませんでした。広告と聞き間違えたり、広報と広告の違いを理解していなかったり、ということばかりでした。日常業務として「広報は当たり前」になっていた大企業でさえ、機能が細分化され複数の部署にまたがって業務を行っていたため、「真の広報」は影を潜め、「広報=パブリシティ」が定着していました。大企業や広告代理店から広報業務を委託されるPR業界も同様でした。かくして日本の企業社会では「真の広報」は当たり前にはなっていませんでした。

筆者は1997年4月にPR会社に入社したのが広報との出会いでした。先月で25年目に突入しました。当時、「広報=パブリシティ」だと疑いもせず、仕事をしていました。毎日、プレスリリースを書いていましたし、報道関係者と面談したり電話やメールをしたりするのが主業務でした。広報とはパブリック・リレーションズのことであり、その略語であるPRと同義語であると知ったのは、2000年前後だったと記憶しています。『広報110番』(電通パブリック・リレーションズ著、電通刊、1998年)を手にしたのがきっかけでした。パブリック・リレーションズとは「利害関係者との良好な関係構築」、という概念です。筆者が述べた「真の広報」とはこのことです。

とはいえ、当時は概念としては認識し、頭では理解したものの一切実務が伴わない机上の空論そのものでした。日々の仕事は変わらず、パブリシティ業務でした。起業して、現在も辛苦を共にする「相棒」に出会い、「そもそも広報とは何か?」を毎日問い続けていたことを鮮明に思い出します。

ーーーパブリック・リレーションズとは利害関係者との良好な関係構築。

これでは分かるようで分かりません。小学生や中学生でも理解できるように説明できなければ、当たり前にはならない。相棒との議論、つまり法人としての自問自答を繰り返しました。

それは「企業の人格」

これが、当時、「広報とは何か」の問いに対して到達した結論です。企業は法のもとに人格を認められた存在、「法人」であり、経営者とは別人格である。その人格は広報によって形成される、ということです。

この言葉を当社の企業理念として、「広報文化を広める、普及・定着する」ことをビジョンとして掲げ、歩み始めました。それからも冒頭で述べたとおり、何度も現実の壁にぶち当たりながら、そのたびに議論を重ね、今日まで歩みを続けてきました。

広報とは表・裏を見える化し、内外に自ら伝える

このキーワードが、現在、「広報は当たり前」にするために当社が掲げているメッセージです。その意味するところは、当コラムの第22回で解説しています。このキーワードを生み出すまでに、(おおげさな表現ですが)「広報は当たり前」にするために必要な「語録」が生まれました。語録については別の機会を設けて、一つ一つ解説したいと思います。

◆「請ける」から「教える」へ

起業当初、主に中小企業やスタートアップの経営者に広報とは何かを説明し、広報部の業務を全て請け負うのが当社の事業形態でした。広報部の役割を担うといっても、実際に行っていることはプレスリリースを作成し、日本経済新聞の取材を設定し、報道にこぎ着ける「パブリシティ」ばかりでした。年にクライアントの記者発表会を40回開催したこともありました。企業理念やビジョンを掲げてからも、数年はもっぱらパブリシティ業務に明け暮れていたのです。

しかし、年々、業務内容も変化し、ファクトブックやニュースレターを作成し、これら広報媒体を利害関係者に配布する、という「真の広報」を実践することが徐々に増えていきました。現在のチームメンバーに出会い、クライアントである中小企業とともに歩み、経営者たちに寄り添い伴走することで、本質に近づく活動を実践できるように当社も成長できたのです。確か3年前でしょうか、何かをきっかけに、いや、いくつもの小さなきっかけが重なり、現実と向き合いました。

・まだ、「広報は当たり前」という企業社会は実現できていない。

・全ての広報業務を請け負い、それを生業とする限り、クライアント企業に広報に関するノウハウは蓄積されないし、広報スキルを身に付けた人材も育たない。

本気で取り組まなければ、何のために仕事をしているのかが分からなくなる。意味のない人生を送ることになる、という焦燥感というか危機感が強烈に芽生えました。

それから、ビジョンを実現するためのビジネスモデル構築に取り組み始めました。その基礎となったのが、20万部を超えるロングセラー『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(楠木建著、東洋経済新報社刊、2012年)でした。同書は当社のバイブルです。同書では競争戦略を分かりやすく解説するために、サッカーに例えています。ゴールは、持続的利益を確保して長期存続、永続する企業となることです。競争戦略の決め手となるのが「キラーパス」と「シュート」です。キラーパスとは最も重要なパスです。シュートにつながる、ありとあらゆるパスの軸となる、誰もまねしようとしない「非合理」こそがキラーパスです。同書では「意図的模倣の忌避」と表現しています。

当社が導き出したシュートと何か。その答えが、次の言葉でした。

・「請ける」から「教える」

当社が全ての広報業務を請け負い、それを生業とする限り、中小企業やスタートアップに「真の広報」に関するノウハウは蓄積されず、人材も育ちません。ビジョンが絵に描いた餅で終わるのです。すると、必然的にキラーパスが定まりました。

・ノウハウの公開とスキル習得の機会提供

ですから、現在、毎週水曜日、無償で広報媒体の作り方と使い方のワークショップをオンラインで開催しています。昨年の10月から少々形態を変えながらも続けています。24年間の知見を集約し詰め込んだ「eラーニング講座」(245講座、約34時間)も2021年中は無償で提供しています。

◆鍵は「舞台裏」にあり

ただ、当社のビジネスモデルはまだ確立していません。2021年の年始のあいさつでは、さもビジネスモデルが確立したような書きぶりでしたが、当時の見通しの甘さを恥ずかしく思います。人材育成とニュースルームを柱として据えて取り組もう、と決めるまでの経緯はオンリーストーリーのインタビューで語っています。現在取り組んでいる、在宅主婦との仕事についてはママワークスのインタビューで触れています。

当社のもう一冊のバイブルがベストセラーとなった『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』(ジム・コリンズ著、日経BP社刊、2001年)です。同書で言うところの「弾み車」がまだ確立できていません。弾み車を回しながら、同時に弾み車を作っている感覚で、現在仕事をしています。そうは言ってものんびりとはしていられません。急ピッチでビジネスモデルを確立すべく、最後の追い込みに入っています。

ここまで、当社の現在に至るまでの「舞台裏」の一端を披歴しました。なぜ、そうしたかといいますと、広報文化を広め定着させるために、「広報は当たり前」の状態を実現するために、最も重要なのが「舞台裏」の情報だと確信しているからです。「隗より始めよ」ということで、まず自ら当コラムで発信した次第です。

次回から何回かに分けて(途中、間を空けることもありますが)、「舞台裏」がブランディングの鍵となることを事例を挙げながら述べていきます。当社で定義する「ブランディング」については、当コラムの第4回をご覧ください。

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