中級講座 Ⅰ.理論・基礎知識 広報・PRの歴史 日本における誕生と歴史(4)

こんにちは。荒木洋二です。
今回も「広報・PRの歴史」についてです。

今回は、「日本における誕生と歴史」の4回目の講座です。前回は、「④報道機関の発達、大企業に普及」について解説しました。今回から、最後の「⑤中小・中堅企業の視点からの歴史概観」という内容を2回に分けて解説します。

中小・中堅企業には、残念ながらいまだに広報が定着していません。本来の広報、パブリック・リレーションズが定着していません。

なぜでしょうか。どうしてそういう状況になってしまったのか。中小・中堅企業の視点からの歴史を概観しながら、その理由をひもときます。

「昭和」、「平成」、そして今の「令和」が、それぞれどういう時代だったのでしょうか。私見を述べますと、次のとおりです。

・昭和:ケイレツの時代

・平成:デジタルの時代

では、われわれが今、生きている令和はどんな時代なのでしょうか。このような流れで同視点からの歴史を概観します。

・昭和:ケイレツの時代

では、「昭和」とはどんな時代だったのでしょうか。前回講座でも確認したように、日本の企業経営は「戦後」から新たな時代に突入しました。民主主義、そして資本主義が注入され、発展を遂げます。高度経済成長期を迎え、大量生産・大量消費の時代へと進みます。当時、まだ小さかった多くのベンチャー企業が、大企業へと成長していきます。

競争力の源泉となっていたのが、主要業界の「ケイレツ(系列)」でした。財閥系商社や銀行も力を持ちます。商社は、日本独特のビジネスモデルです。五大財閥ですね。現在も勢力は衰えていません。自動車業界、電機業界、建設業界など、それぞれの業界で、大企業と中小企業の間に日本型の下請け構造が、確立されました。これがいわゆる「ケイレツ(系列)」です。護送船団方式といい、国・行政、所轄省庁を挙げ、各業界を発展させようと、日本全体が一丸となって、高度経済成長を遂げました。その過程で、日本型の下請け構造が完全確立したのです。

昭和は、商品中心、商品起点、商品ありきの「プロダクト・アウト」の時代でした。

中小・中堅企業は、自らの経営資源を営業、広告・宣伝、広報に投入する必要がありませんでした。新規顧客獲得、販路開拓、社会での認知獲得などのために、経営資源を投入する必要はありませんでした。

なぜでしょうか。

系列の配下にいさえすれば、仕事が入ってきたからです。空(=大手)から仕事が降ってきたからです。業界ごとに系列が出来上がっていたからです。営業、広告・宣伝、広報は、系列のトップに座している大手の役割でした。大企業は積極果敢に広報活動を行いましたし、マスメディアの成長に伴い、大量の広告も投下しました。経営資源を投入した大手の系列で、仕事を受けることができたので、目を向けることもなく、意識することもありませんでした。経営資源を投入しなくても、事業を営むことができたのが、昭和という時代でした。

ですから、昭和のことを「ケイレツの時代」としたのです。

・平成:デジタルの時代

では、次に「平成」はいったいどんな時代だったのでしょうか。平成に、企業経営のあり方を根底から変えた、二大インパクトがありました。二つの大きな出来事がありました。何でしょうか。

それが冷戦の終焉とバブル崩壊です。

では、冷戦が崩壊してどうなったのか。平和の配当として、「インターネット」が登場したのです。それまで主に軍事技術として利用されてきたものが、民間の技術として利用されるようになりました。企業社会に「インターネット」が登場したのです。同時に「グローバル競争」の時代へと、国際社会は大きく変わっていきました。

この大きな変化により、日本型「ケイレツ」が崩壊してしまったのです。競争相手が、グローバル、世界全体に広がりました。日本よりもっと安い労働力を、あるいはもっと良質な製品やサービスを、海外に求めました。系列が各業界でどんどん崩れていきました。

同時にデジタル化が急速に進展します。インターネットが登場することで、企業における情報発信の形態も劇的に変化します。1995年、パソコンのウインドウズ95が現れ、ホームページ閲覧ソフトのインターネット・エクスプローラーが登場しました。大企業を中心に、企業のホームページが急増し、インターネットでの情報発信が瞬く間に広がりました。その後、ブログが現れ、CGM(コンシューマー・ジェネレート・メディア)、今で言うところのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)による情報発信も盛んになり、情報量が爆発的に増え、その勢いは止まることを知らず、現在に至っています。マーケティングの世界では、消費者志向の「マーケット・イン」の時代になった、と言われたのが「平成」という時代でした。

グローバル競争によりケイレツが崩壊しました。中小・中堅企業にはどんな影響があり、どんな変化の波にさらされたのでしょうか。自ら経営資源を営業、広告・宣伝、広報に注力しなければならない時代になったのです。今までは大本の大企業が全てを担っていたと言っても過言ではありません。広報や影響、広告について何も意識していなくても仕事は入ってきました。しかし、ケイレツは崩れ、競争相手が海外にも現れ、自国内でも競争が激化しました。

自ら自身がコミュニケーションしていく、自ら自社のことを知ってもらう努力をしなければいけない、認知してもらうためにも経営資源を注力しなければならない時代に入ったのが、平成だったのではないでしょうか。

今回は、「日本における誕生と歴史」の講座の中で、中小・中堅企業の視点から、いったい昭和や平成がどういう時代だったのか、ということを当社独自の視点でひもときました。

では、現代の「令和」時代、あるいはこれからの時代はどうすればいいのか。次回、最後の講座で解説します。

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