中級講座 Ⅰ.理論・基礎知識 広報・PRの歴史 日本における誕生と歴史(4)

こんにちは。荒木洋二です。
今回も引き続き「広報・PRの歴史」についてです。

「日本における誕生と歴史」の5回目、最後の講座です。前回は、最後の「⑤中小・中堅企業の視点からの歴史概観」という内容を解説しました。

前回に続いて、中小・中堅企業の視点からの歴史を概観します。

前回は、昭和はケイレツの時代であり、平成はデジタルの時代であるということを、当社独自の視点で見てきました。

・中小・中堅企業が直面する課題

このような時代の流れを受けて、中小・中堅企業が「今」、直面している課題とは何でしょうか。前回申し上げたように「ケイレツ」は崩れました。競争は完全に「ボーダレス」状態です。にもかかわらず、やはり見てみると、中小企業などは「今」も商品主体の考え方がまん延しているように見受けられます。「良い商品を作れば売れる」、「当社は良い商品を作ったから、当然売れるだろう」という考え方が、非常に多く、定着しているかのように見えます。

しかし、現実を直視すると良い商品を作っただけでは売れません。「知らない」ということは、すなわち「存在していない」に等しいのです。知らないのですから、「選ばれる」はずがありません。

しかし、今まで「ケイレツ」で生きてきました。「失われた30年」と言われる平成の時代も雪崩を打つように「ケイレツ」が崩れる中で、手探り状態でしゃにむに事業を営んできました。残念ながら、その間でもマーケティングがずっと未経験でしたから、根本的な転換、本質的な変革には至りませんでした。

「マーケット・イン」という消費者、生活者主体の思想がまだ根付いていません。意識が希薄に過ぎる状態です。
もっと言えば、そもそも、企業としてのコミュニケーション、つまりマーケティングも広報も含めたコミュニケーション全体を主導できる人材がないのです。それが現実でした。PR会社もありますが、委託するだけの予算がないのです。

つまり、どういう状況でしょうか。経営資源が根本的に不足している、という「今」を直視すべきでしょう。

中小企業の現状として、よくありがちなのは、営業担当を雇う、成果報酬制で営業担当をそろえる、という具合です。営業はなんとなく分るんです。あるいは販売代理店制度を設けてみる。

・中小・中堅企業における広報の現状

しかし、広告戦略はほぼ分かりません。ちょっと取り組んでみたが、思うような効果が得られなかった。あれもこれも試してみたが、どれも今一つだった。SNSも運用してみたが、よく分からない。これが現状です。

そして、広報、パブリック・リレーションズは、日本には広がっていないし、定着していません。特に日本の企業社会に広報文化はありません。広報が当たり前にはなっていません。広報、パブリック・リレーションはほぼ分かりません。

広報と広告の違いも理解できていません。例えば、新聞、テレビ、雑誌など、さまざまな媒体を視聴したり、購読したり、閲覧したりするなど、日々何らかの形でメディアに接しています。メディアと接点を持っています。しかし、どれがニュースや記事で、どれが広告や宣伝なのかが、明確に識別できていません。広告料金を支払って、インタビュー形式の広告が媒体に掲載されたとします。これは紛れもなく広告です。広報による記事ではありません。普段、自分が読者や視聴者の立場では、無意識のうちに分類、識別しているに違いありません。それなのに、です。発信する側に立つと、実際は広告なのに「記事が掲載された」と堂々と吹聴します。恥ずかしげもなく、です。

PR、アピール、プロモーションの意味と違いを問うても、ほぼ答えれらません。何だか、よく分からないのです。そもそも、企業のコミュニケーションとは何たるか、ということが整理できていません。論理的に理解できていないからです。

もちろん、企業が事業を営むために、価値を創造し提供するために、開発を続けるし、営業や販売代理制度も整備しようとします。管理部門として総務も財務も設けます。

しかし、そもそも企業が成り立つために欠かせない、組織を取り巻く大切な関係者とコミュニケーションする部署が整備されていません。何のために、誰とどんなコミュニケーションをすればいいのかが分からない。関係者たちと良好な関係、信頼関係を築かなければ、経営そのものが成り立ちえません。そのためにはコミュニケーションが欠かせないことは言うまでもありません。にもかかわらず、企業のコミュニケーションを担う広報部を設けていない、広報担当者がいない、というのが、まさしく中小・中堅企業が抱えている、直面している課題なのです。

企業のコミュニケーション活動を担う、司令塔となるような人材がいないんです。社会環境の変化を捉え、コミュニケーション戦略を描き、具体的な戦術を指示する責任者がいません。広報の本質が分からない。そもそも考え方が分からない・何をしたらいいかも分からない。当然、そういう人材も育っていないし、育てられないし、採用もしない。そんな状況がずっと続いてきました。

「ケイレツ」が崩壊した今、かつて大企業がそうであったように、自ら直接、コミュニケーションすることに経営資源を投入しなければなりません。そういう状況を迎えています。避けては通れません。

・令和:自ら主体的に「コミュニケーション」する時代

令和は、どんな時代なのか。ケイレツの時代は終わりました。終身雇用の時代も終わりました。かつて欧米社会で、「会社は株主のもの」と言われていましたが、そういう時代も終わりました。株主資本主義、金融資本主義の失敗はリーマン・ショックで明らかになりました。今や、コロナ禍でその傾向はますます強くなり、「マルチ・ステークホルダー主義」と言われています。公益資本主義を唱える企業人も登場しています。初級講座でも触れたように、マスコミ主導の時代も終わっています。広告費は年々下がり続けています。ラジオも雑誌も下がり、新聞も、そしてテレビも下がっています。インターネットが急増を続け、広告費でテレビを超えました。マスコミが全てを主導するような時代は、もう終わったのです。

そして、平成でインターネットが登場しました。多くの中小企業・中堅企業もホームページを開設しました。しかし、ホームページでを開設しても、なかなか情報が発信できません。「What's New」で新しいお知らせを掲載しますが、せいぜい月に1回もあればいい方です。ほとんど更新しない。まるでチラシのような、あるいは会社案内ともいえないような情報しか載っていません。使い方が分からないのです。何か新しいものが登場すると、米国から「輸入」されると、飛びつきます。ブログもSNSもそうでした。いろんな手法が現れると、とにかく飛びついてみます。まるで「魔法の杖」を探しているようです。目的も意味も分からず、新しい言葉やツールに飛びつく、他社のまねをして取り組む。乗り遅れまいと、今度こそ奇跡が起きるのではという、そんな思いを抱き、次から次へと試してみる。これをすれば、「バズる」のではないか。

そもそも広報、パブリック・リレーションズ、コミュニケーションが何たるかを理解できていないのに、形だけ模倣しても、成果が出せるわけがありません。目的と手段をはき違えていることがほとんどです。幻想を抱いているのです。

平成は、デジタルに対して幻想を抱いてしまっていた時代だったともいえます。そのデジタルの時代も終わったと見ています。

トヨタ自動車さんは、「メディア・ファースト」で記者クラブを優先して、プレスリリースを投函していました。まず、報道機関に情報を送っていました。しかし、2020年に入ってからは、「ニュースルーム」を強化しました。「ニュースルーム 」とは、コーポレートサイトと併設する広報専用ウェブサイトといえます。同サイトからメールアドレスだけを登録すれば、全員同時に、報道関係者とも同時に情報を受信できます。同じタイミングで受信できるのです。記者発表会や株主総会もオンラインで視聴できます。これは「ステークホルダー・ファースト」といえるでしょう。「メディア・ファースト」から「ステークホルダー・ファースト」に戦略転換したといえるのではないでしょうか。そんな時代を迎えています。

令和の時代はどんな時代になるのでしょうか。自ら主体的に「コミュニケーション」する時代です。選ばれるために、自ら伝えていかなければなりません。企業・組織は、黙っていてはいけません。マスメディアだけに伝えて、あとは彼らが伝えてくれるからいい、それで終わってはいけません。
自分自身が、自らが、組織を取り巻く関係者一人一人と正面から向き合って、選ばれ続けていくために、自らが主体となって自らの価値を伝えるのです。「表舞台」も「舞台裏」も含めて、自ら主体的に伝えていく、コミュニケーションしていく時代を「今」、中小・中堅企業も生きている、ということがいえるのではないでしょうか。

大企業においては、トヨタ自動車を筆頭に「ニュースルーム」を開設する企業が増えてきています。自ら伝えよう、自ら発信しよう、直接コミュニケーションしようという、その現れと言えるのではないでしょうか。

「日本における誕生と歴史」の講座は以上です。今回が最後です。
次回からは「広報・PR業界」についての講座です。

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