広報PRコラム#51 広報人とは(4)

こんにちは、荒木洋二です。

「広報人」の使命とは、わが社の魅力を関わる全ての人の心に「焼印」することです。使命を遂行するためには、次の四つに取り組まなければなりません。

1)関わる全ての人と正面から向き合う

2)わが社の魅力(「表舞台」と「舞台裏」)を明らかにする

3)表・裏(「表舞台」と「舞台裏」)を見える化する

4)わが社の魅力を内外に伝える

前回は、「舞台裏」を見える化することがどれほど重要であるかを確認しました。見える化に熱心に取り組む企業も数社、紹介しました。「舞台裏」こそ、わが社の魅力の宝庫だということです。

■「内」と「外」の境界線

今回は、最後の「わが社の魅力を内外に伝える」について、ひもときます。

利害関係者は、どんな立場であれ、それぞれ役割は異なりますが、共に価値を生み出す仲間たちといえます。彼らの日々の営みに光を当てることが大切です。わが社と関わることでどんな体験をしているのか、どんな感情を抱いているのか。一人一人の、一つ一つの行動や感情に、丁寧に光を当てましょう。都合のいいことも悪いことも全てを「見える化」することが欠かせません。そうすることで今まで気付かなかった、わが社の魅力を発見することができます。

「見える化」とは可視化することです。「舞台裏」を表現するのです。表現とは「表」に現すこと。「舞台裏」を表に現すのです。もっといえば言語化、音声化、視覚化することです。そして、それらを保存・蓄積します。「舞台裏」を可視化し、集約・集積します。

利害関係者は、共に価値を生み出す仲間たちという意味において、「身内」です。当社がいう「内」と「外」の境界線は、利害関係者であるかどうかです。利害関係者とは、互いに利益も損害も共有する、影響を及ぼし合う関係にある者たちです。お金は価値の象徴といえます。そのお金のやり取りが発生しているかどうかが境界線です。

では、「外」とは誰のことでしょうか。関係を築きたいと願いながらも、まだ接点を持っていない、あるいは関係を築けていない者たちです。情報のやり取りがあったとしても、まだお金のやり取りは生まれていません。未来の、明日の利害関係者といえます。

つまり「内」と「外」は次のように分けられます。

・内 = 現在の利害関係者:経営者・社員、顧客、取引先、株主・金融機関、地域社会(住民・行政)

・外 = 未来の利害関係者:学生・求職者、市場、業界、投資家、社会全体

当コラムの第19回でも言及したとおり、「外」とは市場のことです。

では、そもそも市場とは何か。改めてもう一度詳しく解説します。

■そもそも市場とは

市場とは、財(商品)・サービスの需要・供給の関係の全般を指します。もう少し簡単に説明すると、売り手と買い手が特定の商品などを取引する場所です。「売り手」である企業と、「買い手」である顧客(対企業・対消費者)が接点を持つ場です。医薬品市場や化粧品市場、食品市場、飲料市場、アパレル市場など、産業(業界)別に多数存在します。

しかし、「売り手と買い手」といっても単純ではありません。企業は売り手であると同時に買い手でもあるということです。自動車メーカーであれば、買い手は主に生活者です。一方で自動車メーカーは各種部品を部品メーカーから調達しています。製造ラインには、多様な設備が装備されており、これら設備・機械を自動車メーカーは購入しています。部品を調達し、設備・機械を装備しているから自動車を製造できるのです。この場合、自動車メーカーは買い手であり、部品や設備・機械のメーカーが売り手となるのです。トラック、救急車、レーシングカーであれば、自動車の買い手も企業となります。もっと細かく言えば、自動車は製造と販売は別会社です。ディーラーという販売代理店は資本関係もありません。このように自動車業界ではいくつかの供給網や販売網が張り巡らされ、市場が成立しています。

次に取引するのは商品ばかりではありません。株式(証券)を取引する「株式(証券)市場」や、それ以外の方法で資金を調達する「金融市場」もあります。人材を獲得するための「採用市場(労働市場)」もあります。このように企業はそれぞれの市場と向き合って、事業を営んでいることが分かります。各市場には不特定多数の個人や組織が存在しています。

社会全体には生活者が存在しています。現時点では接点のない、大多数の生活者たちも「外」の人たちです。

■目の前にいる人と共有しているのか

広報・PRとは、いかにして利害関係者とより良好な関係を築くことができるのかが、問われます。広報・PRの守備範囲とは、その対象となるのは、目の前にいる利害関係者たちです。これが「内」、「内部」です。
マーケティングの守備範囲はこれとは異なります。マーケティングとは「Market(市場)」+「ing(現在進行形)」ですから、対象となるのは、まさしく前述した市場なのです。社会全体もそうです。これが「外」、「外部」です。

ここでもう一度、広報人が取り組むべきことの4番目を確認しておきましょう。

・わが社の魅力を内外に伝える

まず、目の前にいる人たちが見えているでしょうか。おざなりにしていないでしょうか。「釣った魚に餌はやらない」という状況になっていないでしょうか。社員として入社してから、顧客になってから、取引が始まってから、株主として投資してもらってから、地域社会と関わるようになってから、丁寧にわが社のことを伝えていますか。ありのままの姿を伝えていますか。

利害関係者は共に価値を生み出す仲間です。しかし、すぐに仲間といえる関係になるわけではありません。理想は、全ての利害関係者が価値を生み出す当事者として、自らの役割を自覚し、果たしてくれることです。ビジョン実現のために共に歩んでくれる、共に価値を生み出してくれる同士のような存在になることです。会社に起こる出来事を「自分事」として受容できる状態です。

そうなるまでには、どうしても一定の時間を要してしまうことは避けられません。長い時間をかけた、深いコミュニケーションが欠かせません。わが社の事業や企業姿勢を正しく深く理解してもらうためには、何度も繰り返し、さまざまな視点から、わが社のありのままの姿や思いを伝え続ける必要があります。

・果たして、わが社の価値や魅力、「表舞台」と「舞台裏」をしっかり伝えているだろうか。

冷静に振り返る必要があります。

企業同士の付き合いであれば、担当者同士の個人間のつながりだけに終始していないのか。相手が個人だった場合、あくまでも窓口となっている社員とだけの関係にとどまっていないのか。個人として親しく交流することは最低限必要です。しかし、そこに企業・組織としての関わりが、その背景にないままの関係は案外もろいものです。担当者が変わることで関係が切れることは少なくありません。

見える化することで明らかになった「舞台裏」を利害関係者と共有しましょう。それぞれの利害関係者たちの日々の営み、体験の数々、その奥底に流れる思いを利害者関係者同士がお互いに共有するのです。そうしなければ、立場の違う人たち同士が仲間になれるはずがありません。チームにはなれません。

一つ例を挙げてみます。今年開催された東京オリンピックで、柔道は、史上最多となる金メダル9個、銀メダル2個、銅メダル1個の計12個のメダルを獲得し、大いに大会を盛り上げてくれました。日本代表を率いた井上康生監督は9年前、二つのことを胸に代表監督に就任しました。一つは、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎氏が掲げた「自他共栄」の精神を心掛けること。もう一つは「熱意・創意・誠意」をモットーとしたといいます。井上監督は、これら二つを軸にコーチ陣、選手たち、裏方スタッフをチームと捉えました。一人一人と正面から向き合い、信頼関係を築き上げ、チーム全体の一体感を醸成しました。お互いに「舞台裏」の情報を共有したからこそ、一体感を醸成できたのでしょう。熱心な柔道ファンも共有したからこそ、熱い応援を続け、共に喜びを分かち合うこともできたのです。

関わる者全てが、それぞれの「舞台裏」を共有するのです。その共有により醸成された共感こそ、企業を成長と変革へと牽引するエネルギーの源泉になり得ます。

「釣った魚に餌をやらない」で、ぞんざいに接していないか。自らの振る舞いを改めて点検してみてください。

■なぜ、「表舞台」ばかりを伝えたがるのか

次にもう一つ点検すべきことがあります。それは「外」の人たちに何を伝えているのか、ということです。「外部」とは未来の、明日の利害関係者たちのことです。各市場や社会に存在している者たちです。これから接点を持つ、これから関係を築く者たちです。

筆者のもとにも、毎日、実に多くの企業からメールが送られてきます。事業推進のために、一度、会社の問い合わせフォームから連絡を入れたことのある企業からのメールです。接点を持ったら、放置せずに定期的に情報を届けてきます。次の行動を促すための、関係を築くためのコミュニケーションとしては当然のことでしょう。

ただ、ほとんどの企業が製品案内、キャンペーン告知、セミナー集客など、「売りたい」、「買ってほしい」という思いを隠すこともなく全面に押し出しています。当社で言うところの「表舞台」の情報一色に染まっています。昔で言う「押し売り」のようです。現在は、業界を問わず、製品・サービスの性能・機能などはコモディティ化(同一化・均質化)が進んでいます。もちろん突出した機能を搭載し、市場で圧倒的なシェアを占める製品もあるでしょう。しかし、それはごく一部に限られます。大多数がほとんど変わらないのが実情です。わずかな差はあったとしても、それは顧客にとって大きな意味を持たない場合が大半でしょう。

なぜ、こうも企業は「表舞台」ばかりを伝えたがるのでしょうか。自分が情報を受け取る側に、何かを売りつけられる側に立ってみましょう。相手の立場で考えてみれば、その行動にどんな意味があるのか、自ずと気付くのではないでしょうか。

前回も話題にした佐藤尚之氏の話を思い返してみましょう。SIPS(シップス)の法則です。SIPSの詳細は次の通りです。「S = Sympathize」は共感する。「I = Identify」は確認する。「P = Participate」は参加する。そして、「S = Share & Spread」は共有&拡散する、です。共感を起点として始まるのです。

現在、ソーシャルネットワーク理論は、世界最先端かつ世界標準の経営理論として注目を浴びています。SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)とは、ソーシャルメディアであり、そこでのつながりはソーシャルネットワークと呼ばれています。未来の利害関係者のある一定層は、何らかのSNSを利用していることでしょう。彼らにどんな情報を伝えるべきでしょうか。どうすれば、関係を築く萌芽が生まれるでしょうか。企業の「舞台裏」の情報こそが、さまざまな立場の人からの共感を醸成できるのです。未来の顧客だけでなく、未来の社員、未来の取引先、未来の株主にもSIPSの法則は当てはまります。

■わが社の魅力を心に「焼印」する

共感をまとった情報をSNSで発信することで接点が生まれ、一歩距離が近づいた関係を築くことができます。企業のフロー型メディアとして、SNSは「外部」へ伝える手段として適しています。コーポレートサイトやニュースルームなどのストック型メディアは、「内部」へ伝える手段として適しています。

「見える化」した「舞台裏」の情報は、内部にも外部にも適しています。彼らの共感を得るに足る情報です。「広報人」がわが社の魅力を、特に「舞台裏」の情報を見える化します。動画であれ、文字であれ、そのコンテンツを自社の採用担当、マーケティング担当、財務担当に供給しましょう。

・「表裏」をどう見える化し、「内外」にどう伝えるのか。

徹底した創意工夫と試行錯誤を繰り返す。そして、正面から向き合ったコミュニケーションを続けることで、わが社の魅力を「焼印」することができます。関わる全ての人の心に「焼印」できます。

これこそが企業ブランディングの営みであり、「広報人」が日々取り組むべきことなのです。

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