広報PRコラム#55 SECIモデル体験(1)

こんにちは、荒木洋二です。

経営理論や経営学は、実際の経営や実務に役立つのでしょうか。単なる「机上の空論」で無意味なのでしょうか。そんな問いを発したことがある人も少なくないのではないでしょうか。

筆者は今年に入ってから、経営理論、論理的思考がどれほど重要なのかを何度か再認識しました。経営すること、事業を営むことに決定的に重要である、と腹落ちした体験がありました。初めての体験といえるかもしれません。今回からの連載で、その体験を共有できればとの思いで筆を執っています。

■経営理論と実体験

直近で腹落ちした経営理論は、一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏のSECI(セキ)モデルです。恥ずかしながら、野中氏自身の著書は読んだことはありません。起業後、手に取ったいくつかのビジネス書や経営関連書の中で、その著者がSECIモデルを解説している文章に触れただけでした。その時は、何を意味しているのか、実際の経営にどれほど役立つのか、まるで理解できず、単なる情報として記憶にとどめる程度でした。

ところが今年の9月下旬、SECIモデルと起業後の実体験とがことごとく重なり、その理論が腹落ちしたのです。ある書籍の解説を読み進めると、今までの歩みが瞬時に想起され、鮮やかに蘇り、モデルを構成する四つの事柄が意味あるものとして身体に染み込んできました。妙な高揚感に包まれたまま、一気に読破できました。
その書籍とは、入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社刊、2019年)です。800ページを超える大作で、(入山氏いわく)現時点で学ぶべき世界の主要経営理論約30を解説しています。SECIモデルは、主要経営理論の一つとして紹介されていました。日本人ではただ一人、野中氏が登場し、その理論を入山氏が分かりやすく解説していたのです。野中氏を評する入山氏の文章に惹かれ、吸い込まれるように読み進めました。SECIモデルは、組織の知識創造理論であり、「この世に一つだけ、知の創造プロセスを描き切った理論」だと評していました。入山氏の叙述を続けます。「SECIモデルほど、知の創造を深く説明したモデルは存在しない」といいます。「いまビジネスの世界で大きな課題となっているイノベーション、デザイン思考、そしてAIとの付き合い方にまで、多大な示唆を与える。これからの時代に、不可欠な理論」だと絶賛しています。

■野中郁次郎氏のSECIモデル

ここでSECIモデルを簡単に紹介します。SECIは、それぞれ次の言葉の頭文字です。

・S:共同化(socialization)

・E:表出化(externalization)

・C:連結化(combination)

・I:内面化(internalization)

これら日本語訳や英単語の文字だけ見ると、少々難解に感じるでしょう。しかし、カタカナ・ビジネス用語と照らし合わせると、その思いは薄れるかもしれません。日本の企業社会において、広報PR周辺でしばしば登場する用語として、インターナル・コミュニケーション、エクスターナル・コミュニケーションがあります。皆さんの中でも、日常的に使われている人もいるでしょう。前者は、社員という「社内」に向けたコミュニケーションのことです。後者は、顧客、取引先、株主など「社外」に対するコミュニケーションのことです。ソーシャル・キャピタル(社会関係資本・社会資本)も注目を浴びています。こうして見ると、使っている意味合いには違いはありますが、少しは関心が湧くのではないでしょうか。

SECIモデルを理解するに当たって、「暗黙知」と「形式知」の理解は欠かせません。聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。ここでも入山氏の説明が分かりやすいので、引用し、次に示します。

・形式知

 言語化・記号化された知

 例)話す言葉、書物・文章で伝えらる言語、数式・図表、プログラミング言語

・暗黙知

 言語・文章・記号などでの表現が難しい、主観的・身体的な経験知

 以下の二つに分類される

 ①特定の経験の反復によって「個人の身体に体化」された知

 例)スポーツや音楽で反復練習によって身に付く能力

 ②個人そのものに体化される認知レベル

 例)直感・ひらめき、勘、信条

■全人格としての暗黙知をぶつけ合う体験

野中氏は情報(information)と知識(knowledge)は明確に分けています。野中氏の視点は、「人格的知識としての暗黙知」であり、「全人格としての暗黙知」がより重要であるということです。「組織がどのようにして知を生み出すのか」に最大の関心があります。二人だったとしても、それは組織です。

筆者は2006年8月に現在のPR会社を、1人で起業しました。その翌年の確か10月から、ある人物が合流し、二人での歩みが始まりました。二人の組織で実質、始まったといえます。今も彼を「相棒」として二人三脚で歩んでいます。彼と共に事業を進めるようになってから、まさしく「全人格としての暗黙知」をぶつけ合いました。1対1で徹底的に対話することを続けてきました。今も変わらず続けています。これこそが、SECIモデルそのものを体験してきたことなのです。

次回はSECIモデルに照らし合わせながら、体験してきたことを綴ります。

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