広報PRコラム#79 未来のパブリシティ(3) 〜パブリシティの未来(番外編)〜

こんにちは、荒木洋二です。

未来のパブリシティの主戦場となるインターネットでは、新たなキュレーションメディアやミドルメディアが生まれる可能性があります。前回は、その重要な鍵を握るニュースルームについて言及しました。

■ありのままの姿を伝える『トヨタイムズ』

ニュースルームは、大企業が発行してきた全ての広報媒体を集約させた蓄積型のメディアです。どの媒体も企業の公式情報を掲載する重要な媒体として、利害関係者と信頼関係を築き、共感を醸成するために決定的に重要な役割を果たしてきました。インターネット普及以前は、もっぱら印刷媒体(紙媒体)で発行していましたが、近年、ニュースルームに集約する流れに急速に拍車がかかりつつあります。

大企業と比較して、中小・中堅企業、スタートアップの広報は周回遅れでしたし、軌道が外れていたともいえます。これら企業の広報は、ニュースルームを導入することで一気に大企業に追いつく可能性を秘めています。中小・中堅企業、スタートアップの行ってきた広報において、最も広がり定着しているのがメールマガジンとブログではないでしょうか。伝える内容、伝える対象があいまいだったり、偏っていたりという課題があったものの、一部の企業は熱心に取り組んできました。これら一部の企業には、ニュースルーム運営の素地がすでに出来上がっているといえます。

では、ニュースルームではどんな情報を発信すればいいのでしょうか。

前回も取り上げたトヨタ自動車のグローバルニュースルームがお手本を示してくれています。筆者が注目するのが、ニュースルームのトップページからリンクが貼られている『トヨタイムズ』です。テレビCMで有名ですからご存じの読者も多いでしょう。誤解を恐れずに言えば、『トヨタイムズ』のコンテンツは社内報そのものです。筆者の記憶では以前の『トヨタイムズ』のURLのディレクトリーは「inside」(=内部)とつづられていました。
トヨタイムズ』では、トヨタが社会とかかわる姿や、外側からでは見えない事業の「舞台裏」に迫っています。ありのままの姿を伝えよう、という意気込みが感じられます。にわかには信じ難いことですが、自動車を販売するためではなく会社のありのままの姿を知ってもらうため、テレビCMを打っているのです。

■ニュースルームの誕生で「ステークホルダー・ファースト」の時代へ

どんなコンテンツを発信しているのか。筆者が注目したのが、現場で働く人たちなどに光を当てた「連載」コーナーです。ここではその中から一つだけ紹介します。

日本のクルマづくりを支える職人たち

内容は「自動車業界を匠の技能で支える『職人』にスポットライトを当て、過去・現在・未来という時代の潮流のなかで息づく日本の『モノづくり』の真髄に迫る特集」です。技術の進歩が目覚ましい「クルマづくり」の現場ではいまだに「手仕事」が生かされているといいます。どんな匠がクルマづくりの現場にはいるのか。木工職人、鋳造職人、鍛造職人、板金・溶接職人、プレス金型職人、塗装職人など、それぞれの仕事内容を詳説しつつ、職人へのインタビュー記事も掲載しています。写真を多用し、動画も織り交ぜ、文章量も7,000字を超えています。臨場感があふれた圧巻のコンテンツばかりです。

そのほかの連載として、トヨタとスポーツのつながりを描き出す「アスリートを支える人々」や、代表取締役社長・豊田章男氏の言葉を振り返る「あのときのアノコトバ」などがあります。連載以外では労使協議の模様を速報と詳報で伝えたこともありました。
グローバルニュースルームでは、資本提携の記者発表や決算発表まで「生放送」しています。前者は今までは報道関係者しか参加できなったし、後者はもちろん株主だけにしか公開していませんでした。それらを誰でも閲覧できる、開放的なニュースルームで一切の編集を加えることなく、ありのままの姿、等身大で発信しているのです。今まで一部の関係者しか知り得なかった「舞台裏」を堂々をさらしているのです。

しかもニュースルームでメールアドレスを登録さえすれば、誰でもトヨタから直接ニュースが届くのです。メールアドレスだけ登録すればいいのです。企業名も個人名も登録する必要はありません。従来、大企業は情報発信において「メディア・ファースト」でした。記者クラブを優先していました。約2年前、トヨタは「ステークホルダー・ファースト」へと舵を切りました。報道機関だけを優先するのではなく、全ての利害関係者に分け隔てなく同時かつ公平に情報共有することを徹底しています。

このトヨタの姿勢こそ、これからの企業広報のデファクト・スタンダード(事実上の標準)となるに違いありません。企業規模の大小は関係ありません。BtoCかBtoBかという事業形態も関係ないし、どの業界であってもその基準は決して変わりません。

■ニュースルームのまとめサイト誕生から見える未来

中小・中堅企業、スタートアップが広報に目覚め、われ先にとニュースルームに挑戦していく未来が訪れることを期待しています。ニュースルームで自らのありのままの姿、経営におけるさまざまな「舞台裏」を公開します。メールアラート機能を活用し、全ての利害関係者に同時かつ公平に情報共有します。プレスリリース(ニュースリリース)であれば、もちろん記者クラブにも投函し、『みんなの経済新聞』ネットワークにも情報提供します。

北は北海道から南は九州・沖縄まで、あらゆる業界の中小・中堅企業、スタートアップが次から次へとニュースルームを開設したら、どんな状況が生まれるでしょうか。

各世代の経営者たちの熱いメッセージ、さまざまな業界で働く、さまざまな職種の人たちの生の声、開発秘話・失敗談など社員の成長物語、顧客体験談など、実に魅力的な「舞台裏」の情報がインターネット上にあふれ返るでしょう。
こうなると、ニュースルームのまとめサイトが誕生することは容易に想像できます。新たなキュレーションメディア、ミドルメディアが誕生するでしょう。
各地域で見れば、『みんなの経済新聞』と肩を並べるローカルメディアが全国各地で生まれるに違いありません。業界単位で見れば、既存の業界紙と競合するキュレーションメディアがインターネット上に続々と現れてもおかしくありません。

どんな企業がまとめサイトを立ち上げるのでしょうか。地方メディアの主導権を握るのはマスコミ四媒体なのか、『みんなの経済新聞』ネットワークが勢力を拡大するかもしれません。既存の業界紙がまとめサイトを運営することでデジタル化の活路を見いだすこともできるでしょう。ヤフーやニューズピックスの場合、まとめサイトで始まり、やがて独自記事を展開していくという流れでした。その真逆の流れで、独自記事を発信してきたメディアがまとめサイトも同時に運営していく状況が生まれるかもしれません。
まとめサイトで選ばれ掲載される記事はニュースルームの記事そのものですから、パブリシティではありません。誰がどんな基準で選ぶのか、その基準が厳しければ厳しいほど、まとめサイトに掲載される意味があります。サイト自体のパワーにもよるものの、当然目に触れる機会も増えるでしょう。

中小・中堅企業、スタートアップにどこまでニュースルームが広がり、その存在がメディア全体にどこまで浸透するのか。その度合いにより、未来のパブリシティの景色が変わってくることは間違いなさそうです。

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