広報PRコラム#78 未来のパブリシティ(2) 〜パブリシティの未来(番外編)〜

こんにちは、荒木洋二です。

中小・中堅企業、スタートアップの広報やパブリシティは、これからどう変化していくのでしょうか。パブリシティの主戦場は、日本の総広告費の推移からも明らかなように、今後は間違いなくインターネットになるでしょう。そのことを踏まえた上で「未来のパブリシティ」を読み解くキーワードは、ローカルメディアとニュースルームだと前回述べました。

■デジタル化が業界紙再編の引き金に

ローカルメディアとは、地方メディアと業界紙の2種類に分けられます。地方メディアとは、テレビの地方ニュース、全国紙の地域面、地方紙のことです。インターネットとの融合が進むラジオ局、特に地域密着型のラジオ、そして、これまた地域密着型のフリーペーパーも地方メディアです。記者クラブを活用することで報道機関と接点が持て、結果として報道につながる機会は増えます。

主戦場となるインターネットでいえば、筆者が注目する『みんなの経済新聞』がどんな未来を切り開くのか、その可能性に期待しています。もちろんマスコミ四媒体もインターネットとの融合が徐々に進展するでしょう。地方メディアにおけるパブリシティの主戦場も現在は電波や紙面ですが、徐々にインターネットへと移行するでしょう。

もう一つのローカルメディアは業界紙です。業界紙も記者クラブを活用することで報道される機会は増えます。「パブリシティの未来(6)」で述べたとおり、業界紙の影響力は決して小さくありません。業界への浸透力では群を抜いていますし、他のメディアへも好影響を与えます。

各紙ともその力の入れ具合には差があるものの、ウェブサイトを開設し、情報を発信しています。ただ、掲載される記事は有料の紙面と比較して、どうしてもごく一部にとどまります。無料での閲覧のままでは一定の範囲内に限定せざるを得ません。

業界紙のデジタル化はどこまで進むのでしょうか。その鍵を握るのが購読制でしょう。ほとんどの業界紙は定期購読を基本としています。読者は会社・組織、あるいは事業所単位ですから組織内での回覧を前提にしています。各社のアイデア、創意工夫次第では既存の購読者を維持したまま、インターネットへの移行が可能ではないでしょうか。

ただ、資本力が弱ければ、デジタル化への投資が進まず、時代に取り残されてしまいます。インターネットへの移行が思うように進まなければ、読者離れが進み、経営が立ち行かなくなる媒体も出てくるでしょう。業界内での再編が起こるのか、業界を超えた再編まで起こり得るのか。業界紙の性格上、大規模に展開する会社はほとんどありませんから、大手メディア企業、メディア以外の企業によるM&A(企業の買収・合併)もあり得るかもしれません。デジタル化が業界紙の大きな再編の引き金になることが予想されます。

■重要な鍵を握るニュースルーム

「未来のパブリシティ」の行方を大きく左右するのが、2番目のキーワードとして挙げたニュースルームです。中小・中堅企業、スタートアップにニュースルームがどこまで広がるのかが、重要な鍵を握っています。
ニュースルームとは企業・組織が運営する広報PR専用のウェブサイトのことです。10年以上前から米国企業の間で広がりを見せ、ここ3、4年で国内大企業の間で徐々に普及してきました。コーポレートサイトと併設され、自社のさまざまなニュース(新たな取り組み)を日々記事として掲載しています。米国のGAFAも「ニュースルーム」という名称でサイトを運営しています。米国ではウェブサイトのURL自体がカテゴリーとして「newsroom」としているので、一般名称として定着しているといえます。
国内で最も有名なニュースルームがトヨタ自動車のグローバルニュースルームです。トヨタがいち早く採用することで、自動車業界や他の業界大手でも広がってきました。「ニュースルーム」と検索すると、大企業や外資系企業のニュースルームがいくつも表示されます。調査していませんので正確には分かりませんが、筆者の感覚としてはその数が昨年あたりから徐々に増えてきています。昨年7月、金融機関のりそなホールディングスがニュースルーム開設を発表しました。複数展開していたオウンドメディアの情報を全てニュースルームに集約したのです。

今まで大企業のコーポレートサイト(製品・サービスでなく、企業そのものの情報を掲載しているサイト)には、どんな情報が掲載されてきたのか。簡単に概観しますと、インターネットの黎明期では会社概要などの企業情報、事業情報、IR(株主向け広報)情報(決算資料など)、プレスリリース(報道関係者向け発表資料)が大半でした。2000年代に入り、世界的に環境問題が耳目を浴び、CSR(企業の社会的責任)が叫ばれるようになると、環境報告書、CSR報告書を掲載する企業が増えました。印刷媒体で発行しつつ、PDF形式でのダウンロード、パソコンで閲覧しやすいように項目別に分かれた専用ページを設けるなど、コーポレートサイトに組み込まれていきました。

■広報媒体の情報をニュースルームに集約

日本の大企業は、自社を取り巻く関係者たちと良好な関係を築くために広報媒体を発行してきました。社員向けには社内報、顧客や取引先などには広報(PR)誌(≒ニュースレター)、株主には株主通信を発行してきた歴史があります。社内報の始まりは1903年、企業広報誌は1878年です。社内報や企業広報誌の歴史については、当コラムで4回にわたり連載した「オウンドメディアって何?」(コラム第36回第37回第38回第39回)に詳しく記載していますので、関心のある読者はぜひご一読ください。パブリシティが日本の企業社会に広がったのは1960年代ですから、数十年の開きがあります。パブリシティより自社発行の広報媒体が先行していたのです。

ニュースルームはこれら自社発行の媒体を全て集約させた蓄積型のメディアなのです。

ニュースルーム登場以前、コーポレートサイトに掲載される新しい情報は「プレスリリース(ニュースリリース)」ページに集約されていました。コーポレートサイトの変遷とは別のところで、社内報をウェブ化する、つまり「ウェブ社内報」を開設する企業も増加傾向にありました。ただ、社員のみ閲覧できるクローズドなサイトでしかありませんでした。
マーケティング文脈で普及が進んでいるのがオウンドメディアです。オウンドメディアの詳細は先述のコラムに譲りますが、オウンドメディアの対象はあくまでも顧客です。もっと言えば、新規顧客を獲得するための情報サイトです。

インターネットでは情報を伝える相手の属性別、つまり利害関係者別に分散される形で企業が運営するウェブサイトが発展してきました。その流れを大きく変えたのがニュースルームの登場であり、その国内での普及を牽引したのがトヨタ自動車のグローバルニュースルームだといえます。

実際に大企業はここに来て軒並み、今まで「プレスリリース」あるいは「ニュースリリース」としていたウェブサイトのメニュー(ページ)の名称を「ニュースルーム」に変えています。変わったのは名称だけではありません。対象は報道関係者だけでなく、全ての利害関係者に向けた情報へと拡充されています。内容は新たな取り組みや打ち手(=ニュース)だけでなく、社内報や広報誌に掲載していた情報を「ニュースルーム」に集約し始めました。

中小・中堅企業、スタートアップにニュースルームが普及することで、キュレーションメディアやミドルメディアなど、新たなウェブメディアが生まれる可能性があるのか。次回は、そのメディアの誕生が「未来のパブリシティ」の主流となり得るのかを考察します。

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