広報PRコラム#75 パブリシティの未来(9)

こんにちは、荒木洋二です。

前回はPR会社のスタッフ、中小・中堅企業やスタートアップの経営者たちが報道をマーケティングの文脈で捉え、あたかも「情報拡散装置」のように扱う、その意識と行動が引き起こす問題について指摘しました。報道されたニュースや記事の著作権を堂々と侵害する行為も、その意識から派生したものといえます。

プレスリリース配信事業者のサービスを利用すると、さまざまなニュースサイトなどの「プレスリリース」コーナーに自社のプレスリリースが「そのまま」掲載されます。その事実を認識できていないため、堂々とウェブサイトに「メディア掲載」として公開するという行為も前述した意識から派生したものでしょう。

■企業サイトは報道関係者の目にどう映るのか

われわれの生活、そして企業社会での日常業務のいたるところまでインターネットが広がり、浸透しています。情報の受発信、共有においてインターネットは欠かすことのできないツール(道具)であり、インフラ(基盤)です。
報道関係者たちは、企業のウェブサイトを訪れることでその企業の姿勢や実態をある程度知ることができます。報道関係者と良好な関係を築き、報道へとつながる情報を提供していくために、企業サイトは決定的に重要な役割を果たします。

・大企業の場合
大企業のウェブサイトを訪ねると、「プレスリリース」あるいは「ニュースリリース」のカテゴリーがあり、そのページでは過去10年近いリリースが全て閲覧できます。どんな打ち手をしてきたのかが時系列で並んでいます。プレスリリースはまさしく企業・組織における戦略の記録、履歴といえます。同ページでは、新しい商品・サービスやイベントの告知ばかりでなく、人材育成や開発戦略、CSR(企業の社会的責任)に関する取り組みなど、多様な経営施策についても発表しています。

大手報道機関は取材対象が大企業であれば、必ず担当記者が決まっています。

政治の世界では、有力な政治家や大臣などから情報を得るためにずっと張り付いている記者が必ずいます。これを「番記者」と言います。これにならえば、大企業には「番記者」が付いているともいえます。しかも複数人いることも珍しくありません。上場企業であれば、証券系と企業報道系に分かれます。

大手報道機関は人事異動が2年ごとなど、頻繁に行われます。新しく担当になった記者はもちろんその企業のことを詳しく知りません。彼らはまず前任者や先輩記者たちからのレクチャーを受けるでしょう。
しかし、おそらく最も役立つ情報は、企業のウェブサイトに掲載されているプレスリリースに違いありません。記者たちはその履歴をたどることで、企業に対する理解が深まります。資料を読み進める中で、あたかもその企業と対話したかのような感覚を持ちながら、理解を深めていくのです。どんな経緯があり、どんな過程を経て今の戦略があるのか、今の事業展開がなされているのか。企業の意思や思いを理解する端緒をつかむこともできるでしょう。それだけでなく、情報公開に対する姿勢も読み取れるでしょう。

・中小・中堅企業、スタートアップの場合
一方、記者たちが中小・中堅企業やスタートアップのウェブサイトを訪ねると、どんな感情を抱くでしょうか。どんな反応をするでしょうか。
これら企業が運営するウェブサイトの状態は、おおむね次の通りです。

①「プレスリリース」コーナーが設けられていない = プレスリリースが掲載されていない

②「新着情報」コーナーにプレスリリースが掲載されている
同コーナーに掲載されているのはプレスリリースの見出しだけ
見出しからプレスリリース配信事業者のページにリンクがはられている

③掲載されているプレスリリースの内容が
商品・サービスに関することやイベント告知、キャンペーンばかりに終始している

④「メディア掲載(報道実績)」コーナーに媒体で報道された記事を無断で掲載している
記事を勝手に加工している(自社記事部分を赤い線で囲むなど)
媒体の表紙画像や媒体ロゴを無断で掲載している
記事の見出しや本文の一部を無断で掲載している

■報道関係者とどう向き合うべきなのか

このような中小・中堅企業やスタートアップのウェブサイトを訪ねると、記者たちがどう理解し、どう判断し、どんな感情を抱くのか。想像してみてください。
一つ一つ確認してみましょう。

①に当たる企業に対する記者の反応

プレスリリースが掲載されていない企業のウェブサイトを記者たちが訪ねると、その企業をどう理解し、どう思うでしょうか。変わりばえのない、動きが活発でない、新しいことに挑戦していない企業と理解するでしょう。すさまじい速度で事業環境がこれほど変化する時代に生きながらも、何も新しい動きをしない、打ち手がない企業は遠くない将来に荒波にのまれ淘汰されるに違いない、と判断されます。将来性のない、期待できない、注目に値しない企業として判断され、記者の記憶に残ることはないでしょう。

②に当たる企業に対する記者の反応

プレスリリースが自社サイトではなく、配信事業者のサイトにしか掲載されていないことが分かれば、記者はどう判断するでしょうか。この企業には広報担当者がいないのだろう、と判断します。となると、報道についてはほとんど理解していないだろう、つまり媒体に広告を出すかのような発言や振る舞いをされ、自分たちが不快な気持ちを抱くことになるかもしれない、だから連絡するのをやめよう、なるべく付き合わないようにしよう、という方向に心が動くことが想像できます。

③に当たる企業に対する記者の反応

企業の打ち手はさまざまです。刻一刻と変わる社会環境や事業環境の中で生き残るためには、成長を続けるためには、多岐にわたる戦略が欠かせません。人材育成、組織開発、事業開発、商品・サービス開発、投資・財務、供給網開拓、販路開拓など、挙げればきりがありません。
それにもかかわらず、プレスリリースの内容が新しい商品・サービス、それらの機能拡充、イベント・キャンペーンの告知ばかり掲載されているのであれば、明らかに記者にとって違和感しかありません。この企業はマーケティング文脈でしか報道を捉えていない、何も分かってないと判断します。そういう企業だと理解するでしょう。
前項と同様に、報道についてはほとんど理解していないだろう、つまり媒体に広告を出すかのような発言や振る舞いをされ、自分たちが不快な気持ちを抱くことになるかもしれない、だから連絡するのをやめよう、なるべく付き合わないようにしよう、と思考における負のスパイラルが回り始めます。

④に当たる企業に対する記者の反応

記者の立場や事情も、媒体の内容も深く理解しようとせず、とにかくどんなテーマだろうが構わず、執拗にメールを送り電話をかけてくる企業には、実は共通する行動があります。
そういう企業に限って、記事を無断で複製したり、PDFデータにして自社サイトに掲載したりします。記事を加工し、媒体ロゴを無断で使用し、見出しや本文を勝手に自社サイトに掲載しています。
そんな企業のウェブサイトを閲覧して、記者はどう感じるでしょうか。どんな感情を抱くでしょうか。何て失礼な順法意識のかけらもない企業だろう、広告と報道の区別もできない企業なんだろう、であれば、できれば避けたいし付き合いたくない、という嫌悪感にも似た感情を抱くことは想像に難くありません。

当連載で何度も強調しているように、両者の間には不和が生まれ、埋めがたい溝をつくってしまいます。

次回は「PR=パブリック・リレーションズ」の概念を改めて整理し、その文脈で報道関係者とどう向き合うべきなのかを論じます。

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