広報PRコラム#81 ステークホルダー考(2)

こんにちは、荒木洋二です。

企業経営において見落としてはならない視点があります。どんな会社であったとしても、上場か未上場なのか、あるいは企業規模、設立年数、業界なども一切関係なく、経営者がすべからく共通して備えるべき視点です。
それは、ステークホルダー(利害関係者)をどんな存在として捉え、どう向き合っているのかということです。

前回のコラムでは、岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」に対する理解を深めることができました。新しい資本主義とは、公益資本主義であり持続可能な資本主義であると述べました。そして、公益を重視する持続可能な資本主義こそが、ステークホルダー資本主義であることを解き明かしました。

前回はわが国出身の有識者たちの主張を紹介しました。今回は視線を世界へと広げてみましょう。

■行き過ぎた株主資本主義の限界、台頭するステークホルダー資本主義

2008年9月に発生したリーマン・ショックを機に、それまで世界の経済社会を席巻していた「金融資本主義」や「株主資本主義」の失敗が叫ばれるようになりました。一昨年、昨年と世界を覆った新型コロナウイルスの感染拡大で、その流れに拍車がかかったようにみえます。
金融や株主自体が、経済社会の発展や企業の成長・存続にとって、重要な役割を果たしてきたことは間違いがありません。このことに異論を唱える人はいないでしょう。ただ、株主、つまりストックホルダーの利益のみを追求する「株主第一主義」や「株主至上主義」に問題があったのです。株主以外のステークホルダーを軽視し、不利益を被らせるなど目に余る振る舞いが幅を利かせていました。その行き過ぎた株主資本主義が限界を迎えたということです。金融資本主義が本来の役割を見失い、暴走してきたひずみがあらわになったのです。
ステークホルダー資本主義は、マルチ・ステークホルダー資本主義ともいわれています。株主を含む全てのステークホルダーと正面から向き合い、それぞれの価値を認め、説明責任を果たすことを求めるものです。

2020年1月14日、世界経済フォーラムは年次総会の場で「ステークホルダー資本主義:持続可能で団結力ある世界を築くための宣言」を発表しました。年次総会のテーマは、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」でした。株主資本主義の限界に直面し、ステークホルダー資本主義への移行を宣言した内容です。同フォーラムでは、同年9月21日、ステークホルダー資本主義の進捗を測定する必要性を訴えました。さらに2021年1月22日、世界経済フォーラムと国際ビジネス評議会(IBC)のメンバーを含む61人のグローバル企業のリーダーは、同日発表した中核指標である「ステークホルダー資本主義指標」に基づいた報告に取り組むことを誓約しました。

一連の出来事が意味することは何でしょうか。それは世界経済の舞台でステークホルダー資本主義が急速に台頭してきたということです。

■米国で注目される新たな会社形態PBC、認証制度Bコープ

世界経済フォーラムがステークホルダー資本主義への移行を宣言する10年前、2010年に米国メリーランド州である法律が整備されました。リーマン・ショックから2年後のことです。

整備されたのは、新しい会社形態である「パブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC)」に関する法律です。日本経済新聞の一連の報道によると、これを機に30を超える州がPBCを立法化したといいます。株主利益だけでなく、公益を重視することを目的とする会社形態です。定款の事業目的にどんな公益を重視するかを明記します。パブリック・ベネフィットですから直訳すると「公益」です。フランスや英国、ドイツも同様の趣旨の独自制度があるとしています。

PBCの法制化以前、リーマン・ショック発生の2年前の2006年、米国ペンシルベニア州の非政府団体Bラボが「Bコープ」という認証制度を始めました。ニューズピックス(2021年3月7日付)によると、認証条件は「環境・社会に配慮した事業を行い、透明性や説明責任などにおける最も高い基準を満たすこと」としています。ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客の五つから構成される認証試験をクリアすることで認証されます。同報道時、認証企業数は74カ国3,821社、日本は6社でした。日経ヴェリタスの報道(2022年5月28日付)によると、2022年3月時点では80カ国5,000社を超え、日本も5社増え11社が認証されています。

代表的な企業を挙げますと、米国のパタゴニア(アウトドアウエア)、オールバーズ(スニーカー)、レモネード(オンライン住宅保険)、英国のガーディアン(新聞社)、フランスのダノン(食品)などです。
日本企業11社は次のとおりです。

シルクウェーブ産業
石井造園
フリージア
日産通信
泪橋ラボ
ダノンジャパン
エコリング
・レドリボング
シグマクシス・ホールディングス
mayunoWa
オシンテック

米国に始まったBコープやPBCの流れをみると、日本企業が遅れているかのような印象を受ける向きも少なくないかもしれません。しかし、当コラム第45回「CSからISRへ(1)」で触れたとおり、日本ではそもそも「三方よし」や「企業は社会の公器」という価値観が定着していました。むしろ、「失われた30年」の中でグローバリズムの潮流にただただ巻き込まれ、この価値観が「失われた」のではないでしょうか。「失われた」というより「捨てた」ことに対する反省と、原点回帰すべき時を迎えていると捉えた方がいいでしょう。

そう考えると、岸田政権によるPBCを模した制度を法制化する動きや、「新しい資本主義」という呼び方に関して懐疑的な意見があることもある面うなづけます。

■ステークホルダーで読み解く企業経営

ここまで述べてきた内容で、国内外でステークホルダーを重視する経営が注目を浴びている理由や背景が、ある程度理解できたのではないでしょうか。

企業はそもそも社会を構成する一員であり、社会との関係なしには存在などできません。極論を言えば、公益を重視しない経営はそもそもあり得ません。ステークホルダーと正面から向き合わずして、経営は成り立ちません。

次回からはステークホルダーをキーワードに企業経営を読み解きます。経営目的、経営戦略、社会的責任、広報PR、リスクマネジメント、経営資源、企業価値、合計七つの項目を一つ一つ解説します。

★参考文献
・日本経済新聞(2020年7月31日付、2022年5月17日付)
・日経ヴェリタス(2022年5月28日付)

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