広報PRコラム#45 CSRからISRへ(1)

こんにちは、荒木洋二です。

企業社会では、今、まさに「SDGsブーム」が到来しています。

SDGsとは、「Sustainable Development Goals」の略で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳されています。「エス・ディー・ジーズ」と読みます。2015年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択されました。国際連合加盟193カ国が、2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。「貧困をなくそう」、「飢餓をゼロに」、「質の高い教育をみんなに」、「人や国の不平等をなくそう」など、17の目標が掲げられています。日本でも各企業は、どの目標に対し、どんな活動を実施しているのか、などをウェブサイトや統合報告書で公表しています。

◆SDGsって何?

各目標の概要と現状は、国連が発行した「持続可能な開発目標報告 2020」が詳しい。日本は前年の15位から、二つ順位を落として17位だったようです。

日本国内では、採択後の翌年、2016年5月に総理大臣を本部長、官房長官、外務大臣を副本部長とし、全閣僚を構成員とする「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」が設置されました。同サイトによれば、「本部の下で、行政、民間セクター、NGO・NPO、有識者、国際機関、各種団体等を含む幅広いステークホルダーによって構成される『SDGs推進円卓会議』における対話を経て、同年12月、今後の日本の取組の指針となる『SDGs実施指針』を決定」(原文のママ)したといいます。現在、外務省が企業への認証を行うなど、日本政府の取り組みも多岐にわたります。

ただ、国内の企業社会での注目でいえば、目標達成までの期間が10年を切った頃から、昨年あたりから、一気に「流行」したという印象を抱いています。SDGsの取り組みをテレビCMで流す企業が現れたのも、昨年だっと記憶しています。今年に入ってから、大企業や上場企業以外でも、SDGsに対する取り組みを公表する企業が増えているのではないでしょうか。プレスリリース配信サービスで有名な「PR TIMES」で「SDGs認定」と検索すると1,554件(2021年9月10日15時時点)ヒット、「SDGs」ですと、ヒット数は17,749件(同)にも上ります。期間を区切っての検索ができませんので、いつから増えたかは明確には言えません。ただ、企業や組織が発信するプレスリリースの件数だけ確認しても、間違いなくブームになっていると言えるでしょう。

SDGsに対する企業の取り組みを認定する団体などもあります。筆者の知る限りでは、次のとおりです。

日本SDGs協会

全国専門能力検定協会 SDGs認定機構

SDGsマネジメント

SDGs市民社会ネットワーク

自治体独自での取り組みもあり、例えば、横浜市は「横浜市SDGs認定制度」を設立し、助成もあるようです。

前傾の日本SDGs協会の設立は2018年5月、認定企業はざっと数えたところ約260社でした。上場企業の割合は分かりませんが、社名を見る限り、おそらく多くが未上場の中小企業ではないでしょうか。

◆企業の社会的責任とは

企業など組織において、目標は重要な意味を持ちます。ましてや日本政府も関わり、国際的な運動として広がっているSDGsなら、なおさらです。ただ、十分に気を付けなければならないことがあります。何となく、ブームに遅れてはいけない、という強迫観念というか、同調圧力のようなものに流されて取り組んでしまわないようにすることです。

・そもそものSDGsの出発点はどこにあるのか。

・どんな考えや思想などが背景にあるのか。

・なぜ、そもそも企業はSDGsに取り組むが必要があるのか。

これらのことを整理し、正しく理解しない限り、一過性のブームで終わります。企業の本質的な成長や、価値向上には結び付かないことは明白です。

ここで押さえておくべき概念があります。それが「CSR=Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任」です。SDGsに取り組む以前に、組織としてどれほど真剣にCSRについて追求し、取り組んできたのか。そのことがいずれ問われます。

CSRには国際標準があります。2010年11月1日に、「ISO26000」が発行されました。発行したのは、国際標準化機構(ISO)です。ISOは品質管理や環境、リスクマネジメントに至るまで、さまざまな国際標準を定めています。ISO26000は、正確にはCSRでなく、SR(社会的責任)の国際規格です。企業に限らず、あらゆる組織に社会的責任があるからです。SRはリスクマネジメントと同様、審査登録制ではなく、ガイドラインとして示されています。

2001年から検討に入り、10年を経て、ISO化されました。経緯や概要は日本規格協会のウェブサイトが詳しい。

筆者の現時点での理解では、今、企業社会で流行している「エンゲージメント」の始まりもISO26000の制定にあるとみています。「ステークホルダー・エンゲージメント」という用語が注目され始めたのも、制定後でした。ステークホルダーとは、企業・組織を取り巻く関係者のことで、日本語では利害関係者と訳されています。利益も損害も共有する、影響し合う、関係者です。企業でいえば、経営者・社員に始まり、顧客、取引先(提携先)、株主・金融機関のことです。地域社会や報道機関なども含まれます。
国際社会では、制定前後を機に財務情報中心のアニュアルレポート(年次報告書)だけでなく、環境報告書やCSR報告書を発行する企業が急増しました。日本企業も上場する大企業を中心に、追随しました。その後、当コラムの第43回でも触れた、統合報告書の流れへと続いていきます。

細かく言えば、SDGs以前の国際社会の動向では、ISO以外にもありましたし、SDGsにつながる国連の取り組みもありました。ただ、今回、読者の皆さんに伝えたいことは、SDGsの前にCSRとは何かを知ろう、ということです。

◆三方よし、六方よし

もっと言えば、CSRが叫ばれる、はるか以前に話は遡ります。産業が生まれ、企業が社会や自然環境に多大なる影響を及ぼす主体として、経済の発展と呼応して、世界中でその勢力を伸ばしていきました。その過程で次から次へと直面した、さまざまな課題がありました。日本でも公害問題が発生したころから、企業の社会的責任を問う声はありました。

パナソニックの創業者である松下幸之助氏は、「企業は社会の公器である」と声高に唱えたことは有名な話です。もっと遡れば、近江商人の「三方よし」も底流は同じでしょう。最近では、「八方よし」や「六方よし」を唱える人が国内でも現れています。起業家でもあった藻谷ゆかり氏は、今年の7月、『六方よし経営 日本を元気にする新しいビジネスのかたち』を日経BP社から出版しました。数年前からは「公益資本主義」を主唱する起業家もいます。

「公器」とは、英語では「public institution」です。「institution」とは、「機関」のことです。「公益」は、「public interest」あるいは「public good」です。広報と同義語であるPRは、当コラムで何度も説明しているとおり、「パブリック・リレーションズ」の略です。では、企業にとってのパブリックとは何を指すのか。主体ごとに分解すると、まさしく先述したステークホルダー、利害関係者のことです。パブリック・リレーションズを直訳すると、公共関係です。意訳すると、利害関係者との良好な関係構築です。当コラムで年内には、「パブリック」という語を軸に、企業経営とは何かをもっと深掘りし、読み解いてみたいと思います。

ここで、もっと本質を見つめてみましょう。そもそも企業・組織とは、どんな存在でしょうか。私たちが暮らす社会、世界とはどんな関わりを持っているのでしょうか。

・企業・組織は社会を構成する主体であり、社会の一員である。

企業経営の事始めは、このことを理解することです。企業・組織は社会を構成する主体であるがゆえに、その一員であるがゆえに、社会そのものの存続があって初めて存在できるのです。社会が存続しているという前提で、初めてその存在が成り立っているのです。社会が破壊されたり、社会に大きな変化があったりした場合、存続することが難しくなったり大きな影響を受けたりします。社会と無関係ではいられません。社会の存続があって企業・組織は成り立ちます。ですから、社会の存続に役立つ存在でなければなりません。社会の中で何らかの役割を必ず担っています。そもそも「公器」であり、「公益」を生み出す存在なのです。そうでなければ、存続などできません。これが原点です。

◆産業の社会的責任

個々の企業がどのような事業を営んでいるのか。それぞれの企業が社会的責任を果たしていくことは重要です。しかし、もう一つ重要な視点があります。個々の企業は、ぞれぞれ各産業に属しています。経済社会、企業社会には、さまざま業界が存在します。相互に浅くない関わりを持ちながら、社会を構成しています。

当コラム第41回で、自動車業界が抱える構造問題としても言及したように、産業・業界は個々の企業経営と無関係ではありません。日常の営みでは目立たないかもしれませんが、産業構造、業界慣習は根強く、根深く個々の企業に影響を与えています。つまり、企業の社会的責任だけでなく、「産業の社会的責任」も問われるということです。産業の社会的責任ですから、「Industry Social Responsibility=ISR」です。

次回は、ISRについて考察を試みます。

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