広報PRコラム#46 CSRからISRへ(2)

こんにちは、荒木洋二です。

前回は、SDGs(持続可能な開発目標)を単なるブームで終わらせないためにどうすべきか、その解の一つを示しました。重要なことは、CSR(企業の社会的責任)の本質をしっかり理解することです。つまり、企業は、そもそも社会にとってどんな存在なのか。この正しい理解に尽きます。企業とは社会の公器であり、公益を生み出し続けてこそ、存続できます。

個別企業それぞれが本質的に生きるためには、産業・業界を無視することはできません。「大企業病」の象徴として、組織文化の決して褒められない側面を指して、よく使われる表現があります。

・企業の常識は社会の非常識である

企業は、自らが属する産業界の構造や、業界慣習に色濃く影響を受けざるを得ません。組織文化の醸成とも無関係ではありません。各企業が真摯にCSRに取り組み続けるためには、何を乗り越え、解決しなければならないのか。「ISR=産業の社会的責任」について洞察することで、一つの解を示せるかもしれません。

◆産業法務研究会との出合い

筆者が理事長を務める、リスクマネジメントの人材育成に取り組むNPO法人があります。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(略称:RMCA)といい、設立28年目の団体です。筆者が産業界全体の責任について、考察を巡らすきっかけとなったのが、産業法務研究会との出合いです。確か2012年頃のことだったと記憶しています。RMCAの相馬清隆事務局長が、産法研の平川博専務理事と知り合い、その後、紹介を受けました。すぐ、RMCAの特別会員にも入会いただきました。

それまで「企業法務」という用語は、RMCAでの日常会話で飛び交っていました。しかし、「産業法務」という言葉は聞いたことがありませんでした。産法研では、「産業界全体、あるいは産業界を統括する企業団体が追求できるような、個別企業の利害を超越した、公共的な利益を追求するための法務のあり方」と解説しています。公共的な利益ですから、すなわち「公益」のことを指しています。公益は「public interest」と英訳されます。名詞の「interest」は「興味」の意味以外に「利益」、「株式」の意味もあります。「利率」は「interest rate」となります。当時、産業界全体の視点を持っていなかったので、覚醒させられたことを鮮明に覚えています。

2018年11月12日、産法研の創立5周年記念シンポジウムが日本消防会館(東京都港区)の大会議室で開催されました。「2018 産業政策シンポジウム ~激変する世界の産業社会! 日本の目指すべき方向性とは?」と題され、筆者は来賓として祝辞を述べる機会を得ました。ここで、当時の祝辞(冒頭のあいさつは省略)をそのまま転載します(以下、引用符内/太字の中見出しは今回加筆)。2018年当時の話との認識で、次の内容をご一読いただきたい。

「まず、産法研さまと当協会の関わりは、事務局長相馬が平川専務理事と6年程前に出会ったことから始まりました。

『企業法務』という言葉は、リスクマネジメントの分野でもよく使われています。しかし、『産業法務』という言葉・概念は、私も平川専務理事にお会いした時に初めて知りました。産業法務とは、産業界全体、あるいは産業界を統括する企業団体が追求できるような、個別企業の利害を超越した、公共的な利益を追求するための法務のあり方、と伺いました。

社会全体にとって何が最善なのか。その観点を共有した上で法的規範を追求すべき、との立場に立ち、行政だけでは対応できない「公共性」を補うものであるということでした。非常に感銘を受け、共感したことを鮮明に覚えています。

例えば、『CSR=企業の社会的責任』という場合、CSR報告書などを見てみても、個々の企業の社会全体に対する取り組みに終始しがちです。『産業界全体』という視点は抜けやすい傾向にあると思います。そういう意味でも示唆に富み、応用展開できる概念ではないでしょうか。

現代は、経済・社会・環境という三つの側面、いずれにおいても国境を超えて、影響を及ぼし合っています。個人にしろ、企業・組織にしろ、国家にしろ、さまざまな次元でそれぞれが主体として立ちつつ、他者と関わり合いながら存続しています。『持続可能な開発目標』=SDGsが日本でも注目を浴びつつあります。世界全体のエコシステムにおいて、産業界全体が負うべき責任と役割は何のか。もっと分解しますと製造、運輸、小売、金融など、各産業はこのエコシステムにおいて、どのような責任と役割を担っているのか。各産業として、どんなことに取り組むべきなのか。ますます、産法研さまに対する社会の期待は高まるばかりではないでしょうか。

◆コンビニ業界が直面する課題

次に、最近、私が『産業法務』の必要性を感じた、ある業界での出来事がありました。それは、たびたび報道でも取り上げられ、産法研発行『産業法務 第18号 2018年秋季版』でも取り上げている『ブラックバイト』などの問題です。ここでは、『ワンオペ』『買い取り』『罰金』『レジ不足金の補填』など、コンビニ業界について話せればと存じます。

直近2018年2月期の大手3社の業績をまず見てみます。

・セブン&アイ

営業収益は前期比3.5%増の6兆378億円
営業利益は同7.4%増の3,916億円

・ユニー・ファミリーマート

営業収益は前期比51.1%増の1兆2,753億円
営業利益は同15.2%減の279億円

・ローソン

営業総収入は前期比4%増の6,573億円
営業利益は同11%減の658億円

各社とも増収。前期比で2社は減益ではありますが、相応の利益を生み出しています。昨年の1月、最大手のFC(フランチャイズ・チェーン)オーナーが、病欠した女子高生に代わりを探さなかったという理由で、罰金を課していたことが大々的に報じられました。皆さんも記憶に新しいかと存じます。

そして、1カ月ほど前、「Yahoo! ニュース」であるニュースが目に留まりました。コンビニで働く大学生が、あるコンビニのFC店長とその司法書士から損害賠償100万円を請求された、という内容です。

理由は二つ。『レジから現金を持ち出した』『深夜に店舗を施錠して客が入れないようにした』というものです。司法書士は『損害額が100万円を超えることは確か。払わない場合は警察、学校、家族、出すとこにすべて出します』と告げたそうです。

学生の言い分はこうです。レジから現金を持ち出したのは、何度言っても店長が十分な釣り銭を準備してくれないためにレジの現金2万円をコンビニATMで自分の口座にいったん入金。今度は自分の口座から、9,000円2回と2,000円を引き出して、釣り銭にした。店舗を施錠したのは、接客をしていると、アイスなど冷凍食品が溶けてしまう。そうならないように一定時間締めて、その作業をせざるを得なかった。なぜそうなるのか。深夜一人でオペレーション、つまり『ワンオペ』しており、この深夜にトラックが到着し、商品の補充がなされるためです。

では、FCオーナーや店長に全ての責任があるのでしょうか。ここでもう一つ浮かび上がってくるのは本部とアルバイトの板挟みになっているオーナーたちです。特に『24時間営業』が最大の悩みの種だといいます。近年のブラックバイト報道でアルバイトが集まらず、オーナー自身が深夜など店舗に立たざるを得なく、最終的には店舗を閉鎖するケースもあるそうです。

このような深刻な課題に対する大手各社のコメントは、表面上を取り繕う回答としか思えず、真剣にこの問題に向き合い、解決しようという気概を感じられませんでした。これだけ騒がれているのに、本部としての大手が音頭を取って、業界全体をより良くしようという動きは、私の知る限りまだありません。もちろんコンビニ業界以外でも類似の問題、それ以外の深刻な問題を抱えているかと存じます。このような課題を解決する役割や社会的要請が『産業法務』にはあるのではないでしょうか」。

以上です。

◆24時間営業をめぐる業界動向

前掲のとおり、産業界が抱える課題として、筆者はコンビニエンスストア業界に注目しました。

ここで日経テレコンで確認してみましょう。日経テレコンとは、日本経済新聞社が運営する、新聞・雑誌記事のデータベースサービスです。同サービスでジャンルを「日経各紙」と「全国紙」に限定して、「24時間営業 オーナー」と検索しました。

2018年から4年間の結果は次のとおりです(2021年は9月20日までの件数)。

(「日経各紙」の報道件数が多いのは、同一内容の記事でも電子版と紙面を分けて、数えているためです。)

報道件数から明らかなように、2018年の段階では24時間営業の問題はほとんど取り上げられていません。
例えば、2018年1月21日、日本経済新聞に掲載された、今井拓也記者の記事を確認してみます。日本フランチャイズチェーン協会が「2017年の全国コンビニエンスストアの売上高(大手8社)を発表する」として、13年連続プラスになるが、既存店が苦戦していることを指摘していました。直面する課題として、ネット通販の攻勢や人手不足による経営環境の悪化を挙げていました。同記事中では、ファミリーマートが「24時間営業の見直しが必要かどうかを検討するための実験を始めている」ことに触れているだけです。オーナーが抱える問題に関しては何も書かれていません。

2019年2月、問題が発生します。産法研での祝辞後から約4カ月後、「24時間営業」をめぐり、本部と大阪府東大阪市に店舗を構える加盟店主(オーナー)との対立が表面化します。皆さんの記憶にも新しいのではないでしょうか。

次回は、東大阪市のオーナーとの対立に端を発したコンビニ業界の課題から、「ISR(産業の社会的責任)」について、深掘りします。

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