広報PRコラム#54 企業経営の成長5段階(3)
こんにちは、荒木洋二です。
前回のコラムでは、企業の成長段階と対比させながら顧客の成長5段階を考察しました。上位から伝道者、支援者、応援者、参加者と続き、最後が価格選好者です。顧客だけでなく、その他の利害関係者にも当てはめ、それぞれにも成長段階があることが分かりました。それは利害関係者が企業理念やビジョンに共感するまでの、関係の深化と見ることもできます。
■良好は偉大の敵 〜飛躍の法則
今回は、経営者自身に光を当てます。経営者の意識や姿勢、価値観が、あるいは経営者自身の成長が企業の成長や存続に多大なる影響を与えるからです。
ここで皆さんにぜひとも紹介したいのが、米国のジェームズ・C・コリンズ氏の著書『ビジョナリーカンパニー② 飛躍の法則』(日経BP社刊)です。同書で示された「第五水準のリーダーシップ」が示唆に富んでいます。
「第五水準のリーダーシップ」とは何かを解説する前に、『ビジョナリーカンパニー』シリーズについて簡単に触れておきます。同シリーズは全世界で1,000万部超が発行されたベストセラーシリーズです。日本でもこれまでに特別編を含め5冊が発行され、多くの経営者やビジネスパーソンを虜にしました。6冊目であり、その原点を記した最新刊『ビジョナリー・カンパニーZERO』(日経BP社刊)が2021年8月に日本で出版されました。同シリーズについては、多くの研究者や専門家、マスメディアなどが評論しています。7年前にビジネス戦略コンサルタントの鈴木博毅氏が『ダイヤモンド・オンライン』(2014年9月18日)で分かりやすく、まとめています。関心がある読者はぜひリンク先をご一読いただきたい。
同シリーズの中で特に『ビジョナリーカンパニー② 飛躍の法則』(以下、『飛躍の法則』)は、当社のバイブルとして愛読しています。今までごく一般的だった企業がある転換点を境に、業界を牽引する企業へと飛躍していった法則を、同書は明らかにしています。
・良好は偉大の敵である
この衝撃の言葉から同書は始まります。PRとはパブリック・リレーションズの略であり、意訳すると、利害関係者との良好な関係構築という概念です。当コラムで何度も述べてきたとおりです。いい意味での「良好」に慣れていた筆者だからこそ、なおさら「偉大の敵」という言葉に反応したのかもしれません。英語では「良好 = Good」、「偉大 = Great」なので、きっと米国や英語圏の国々では、われわれ日本人が受け止める感覚とは異なるのかもしれません。「偉大」という日本語は、ともすれば「尊大」に近い感覚で認識してしまっている日本人も多いのではないかと思っています。
『飛躍の法則』は、経営理論書や経営学の書籍ではありません。膨大な情報と緻密な分析による調査結果といえます。その調査結果から導き出された「法則」を明らかにしています。同シリーズに一貫していることでもあります。『飛躍の法則』では、業績は良好だが凡庸だった企業が、偉大な企業へと飛躍したのはなぜかを徹底的に調査しています。
■ブラック・ボックスを解き明かす
調査対象企業は、「株式運用成績が15年にわたって市場並み以下の状態が続き、転換点の後は一変して、15年にわたって市場平均の3倍以上になった」(8P掲載)ことを基準として選定しています。なぜ、15年なのか。時流に乗った大ヒットや幸運が続く期間を超えており、最高経営責任者(CEO)の平均在任期間を超えているからです。調査当時、基準を満たした企業は11社でした。
その企業と比較対象とする企業を選びました。「飛躍した企業に共通していて、しかも、比較対象企業との違いをもたらしている点は何か」(11P掲載)を、決定的な問いとして選定したといいます。比較対象企業は2種類、概要は次のとおりです。
1.直接比較対象企業
・飛躍した企業と同一業界で事業を営む
・転換点に同じ機会があり、同様の経営資源を保有する
しかし、飛躍できなかった企業
合計11社
2.持続できなかった比較対象企業
一度は飛躍しながらも短期間しか継続できなかった企業
合計6社
合計で28社について、徹底的に事実を調査しました。どんな調査をしたのか。
・50年以上前までさかのぼり、記事を全て収集(6,000近い記事)
・全ての資料に組織コードを付け、戦略、技術、リーダーシップなどのテーマ別に分類
・飛躍企業の経営陣のうち、転換期に責任ある役職に就いていた人ほぼ全てにインタビュー実施
(2,000ページを超えるインタビュー)
・広範囲な定性分析と定量分析実施
企業買収、経営陣の報酬、企業戦略、企業文化、財務指標など、あらゆる点を調査
なんと延べ10.5年分の時間を費やしたそうです。飛躍企業の転換する過程の内部に、どのような動きがあるのかに光を当てたのです。その作業は「ブラック・ボックス」を解き明かすかのような取り組みだっといいます。『飛躍の法則』では次の点を強調していました(以下、カッコ内の太字部分。原文のママ)。
「重要な点を指摘しておこう。この本で論じた概念はすべて、データから直接導き出す方法をとって作り上げてきたものである。はじめにあった理論を調査によって試すか証明する方法はとっていない。事実から出発し、事実から直接に導き出す方法によって理論を構築しようと試みた」。
調査チームは、比較企業を対照させながら、「どこに違いがあるのか」と常に問い続けました。だからこそ、導き出された概念は、非常に説得力があるし、信頼に足るものであるといえます。
筆者も読み進めがら、最初は懐疑的な気持ちも強く、常に否定する問いを発していました。しかし、最後まで読み切った後は、反論の余地がなく、隙間がない圧倒的な概念の前に唸るしかありませんでした。
詳細は今回のコラムでは述べることはできませんが、その概念の根幹を構成する一つの要素、最初の要素が「第五水準のリーダーシップ」なのです。
■第五水準のリーダーシップとは
なぜ、「第五水準のリーダーシップ」を取り上げるのか。その理由ともいうべき、『飛躍の法則』の内容について、その要点のみを絞って紹介させてもらいました。
では、いよいよ本題です。「第五水準のリーダーシップ」とは何か。次をご覧いただきたい。
・第一水準:有能な個人
才能、知識、スキル、勤勉さによって生産的な仕事をする
・第二水準:組織に寄与する個人
組織目標達成のために自分の能力を発揮し、組織のなかで他の人たちとうまく協力する
・第三水準:有能な管理者
人と資源を組織化し、決められた目標を効率的に効果的に追求する
・第四水準:有能な経営者
明確で説得力のあるビジョンへの支持と、ビジョンの実現に向けた努力を生み出し、これまでより高い水準の業績を達成するよう組織に刺激を与える
・第五水準:第五水準の経営者
個人としての謙虚と職業人としての意思の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大さを持続できる企業を作り上げる
最初から第五水準を備えている経営者もいます。全ての経営者が下から段階を踏んで上がってくるという意味ではありません。かといって、第五水準の経営者がそれ以外の四つの水準を満たしているわけではありません。不足している能力を後から身に付けていくこともあるそうです。
ここで、前回までの2回の分析と合わせて、まとめると次の通りです。
段階 | 経営者 | 企業 | 利害関係者 |
第1段階 | 有能な個人 | 生理的欲求 | 価格選好者 |
第2段階 | 組織に寄与する個人 | 安全欲求 | 参加者 |
第3段階 | 有能な管理者 | 社会的欲求 | 応援者 |
第4段階 | 有能な経営者 | 承認欲求 | 支援者 |
第5段階 | 第五水準の経営者 | 自己実現欲求 | 伝道者 |
照らし合わせてみると、いかがでしょうか。完全一致、全て整合性が取れているとまではいえませんが、相互に関わりがあることは明らかでしょう。経営者の意識や姿勢、価値観が、あるいは経営者自身の成長が企業の成長に多大なる影響を与えているのは明らかです。持続的な成長に欠かせない、価値を共に生み出す仲間といえる利害関係者たちとの関わり方に多大なる影響を間違いなく与えています。
経営者も企業の前では一つの利害関係者に過ぎません。経営者個人と「法人」である企業は、あくまでも別人格です。前回のコラムで紹介した書籍『持続可能な資本主義 100年後も生き残る会社の「八方よし」の経営哲学』(ディスカバリー・トゥエンティワン刊、著者:新井和宏)では、「八方よし」の一つに「経営者」を挙げています。
パブリック・リレーションズは、企業経営や企業の持続的成長において重要な役割を果たしています。広報PRは、経営の重要な機能の一つであることを再認識しましょう。利害関係者との関わり方の変化の過程(利害関係者自身の成長過程ともいえますが)こそ、ブランディングの現場であり、最前線なのです。その過程で、わが社の魅力が一人一人の心に「焼き印」されていくのです。