広報PRコラム#76 パブリシティの未来(10)

こんにちは、荒木洋二です。

中小・中堅企業やスタートアップが自社のコーポレート(企業)サイトに掲載している情報、あるいは掲載して「いない」情報が、図らずも報道関係者との間に溝を生じさせる要因となっていることを前回のコラムで明らかにしました。
パブリシティは、今の企業社会で袋小路に迷い込んでいるかのようです。パブリシティの未来を明るくするためには、どこから手を付けるべきでしょうか。

未来を明るく照らすための手立ては、当コラムで何度も主張してきた「そもそも論」に立ち返ることから見えてきます。

■そもそもパブリック・リレーションズって何?

まず、「PR=パブリック・リレーションズ」の概念を改めて整理しましょう。

パブリック・リレーションズを直訳すると、公共関係、あるいは公衆関係となります。企業・組織にとっての公共・公衆とは、自らを取り巻く関係者たちです。取り巻く関係者たちとは誰なのか。経営者、社員、顧客、取引先(パートナー)、株主、地域社会(行政・住民)などが挙げられます。これら関係者のことをステークホルダー(利害関係者)と言います。利益と損害(損失)、いずれの影響も及ぼし合う関係者ということです。
パブリック・リレーションズを意訳するとどうなるのか。最適解は「利害関係者との良好な関係構築」という概念です。もう少し分解して、各利害関係者に絞って説明するともっと見えてくることがあります。

企業社会でよく知られている用語の一つとして、「IR」があります。IRは「インベスター・リレーションズ」の略です。インベスターとは投資家のことです。新聞では必ず「IR(株主向け広報)」と日本語もセットで書かれています。先の意訳と同じ視点で表現すれば、「株主との良好な関係構築」ということです。
IT(情報技術)の進展に伴い、2000年代の企業現場で「CRM」が頻繁に使われていました。CRMは「カスタマー・リレーションシップ・マネジメント」の略です。直訳すると「顧客関係管理」ですし、報道の現場では「顧客情報管理(システム)」と併記していました。「カスタマー」つながりでは、CSとは「カスタマー・サティスファクション(顧客満足)」のことです。近年、もう一つのCS、カスタマー・サクセス、さらにカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)が登場し、直近では「カスタマー・ジャーニー」が企業社会での流行語です。
少々脱線しましたが、要は対象を顧客とした場合、PRの概念に基づき表現すると「顧客との良好な関係構築」となるわけです。

■マスメディアが利害関係者の一つとして頭角を現す

マスメディアが発達し、社会に対する影響力を増す中で、マスメディアも利害関係者の一つとして頭角を現します。社会という概念は全ての利害関係者を包含しています。
マスメディアが発達したのは第二次世界大戦終了後、すなわち「戦後」です。テレビが開局したのは1950年代です。最も歴史が古い(といっても僅差ですが)NHKや日本テレビは来年開局70周年を迎えます。高度経済成長期を経て、メディアという存在が重要な利害関係者であることが、企業社会で認識され始めます。業界紙誌、専門誌のジャンルで媒体が増えるたびに、テレビの報道枠だけでなく、情報番組での枠でも企業を取り上げることが増えるたびに、企業社会での影響が増していきました。

インターネット普及以前、大企業が自社の取り組み(=ニュース)を全ての利害関係者に伝える最適な手段は、報道でした。報道が最優先されました。メディア・ファーストです。さまざまな媒体で報道されることで、迅速かつ効率的に、しかも低コストで伝えることができたのです。ですから、自社にとって関係がある、さまざまな領域の記者クラブに対し、プレスリリースを投函することに努めてきた大企業たちの歴史があったのです。

メディアの主要な機能は「報道」と「広告」の二つです。厳密にいえば、細部にこだわれば、報道としてのメディアは他の利害関係者たちとは少し違う立ち位置です。当連載(パブリシティの未来)の3回4回5回6回で示したとおり、報道は全ての利害関係者たちに小さくない影響を及ぼします。一方、広告としてのメディアは取引先の一部に過ぎません。もっと言えば、メディアへの広告出稿は広告代理店が仲介していますので、少し距離が遠い、直接ではなく間接的な利害関係者です。また、広告はあくまでもマーケティング文脈での役割が主ですから、ブランディングの役割を担うPRの領域では区別した方がいいでしょう。

要はメディアも利害関係者なのですから、つまり「メディア・リレーションズ」となるわけです。前述の認識に基づけば、メディア・リレーションズとは「報道機関(関係者)との良好な関係構築」ということになります。

■パブリシティの前提は、報道関係者と良好な関係を築くこと

そもそも論に立ち返ることで本質が見えてきます。

本質を見失った企業行動は、何の利益も生み出しません。長期利益、持続的利益にはつながりません。刹那的で短絡的な行動、短期的な利益を求める行動は結果的に企業に損失をもたらし、成長を阻害する要因にしかなりません。

報道関係者は、企業にとって大切な利害関係者だという明確な認識を持つことです。これが本質です。利害関係者なのですから、良好な関係を築かなければなりません。良好な関係を築くためには、地道で丁寧なコミュニケーションが肝であることは言うまでもありません。それは一朝一夕で築けるものではありません。
中小・中堅企業やスタートアップの経営陣や現場の広報担当者が、パブリシティの成果を期待する気持ちは理解できます。だからと言って、利害関係者であるという認識を捨てて報道関係者と向き合わずにいる、今の現実を容認することはできません。人間扱いせずに装置として扱う姿勢を看過するわけにはいきません。

パブリシティの成果を心底望むのであれば、記者や編集者という報道機関で働く一人一人の人間と接点を持ち、関係を築く努力から始めなければなりません。一つ一つの媒体を丹念に研究することから始めなければなりません。「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」ということです。

パブリシティを本来の位置に復帰させるためにどうすればいいのか。
パブリシティの明るい未来を描くために何をすればいいのか。

まず、報道関係者一人一人と良好な関係を築くことから始めましょう。自社事業に関係がある媒体を研究することから始めましょう。この共通認識を徹底し、企業社会に定着させる以外に道はありません。(終わり)

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