HANA:第9回 物語資本の再定義は起きるか ― 「No」を越えた先に、どんな意味が生まれるのか ―

こんにちは、荒木洋二です。

HANAには、デビューする前から強い物語がありました。

その起点は、オーディション『No No Girls』です。

見た目や声、年齢などによって「No」を突きつけられた経験を持つ人たちが、自分自身から逃げずに向き合い、未来を切り開いていく。

その姿に、多くの人が自分自身を重ねました。

勇気をもらった人がいる。
少し救われたように感じた人がいる。
「自分もまだ途中でいい」と思えた人がいる。

HANAという存在は、単にオーディションを勝ち抜いた7人組のガールズグループとして始まったのではありません。

そこには、最初から意味がありました。

そして、その意味が人の感情を動かし、応援を生み、関係を育ててきました。

しかし、HANAはすでにデビューし、新しい経験を重ねています。

そこで一つの問いが生まれます。

『No No Girls』という原点の物語は、これからも同じ意味のままあり続けるのでしょうか。

あるいは、時間と経験の蓄積によって、その意味そのものが更新されていくのでしょうか。

本稿では、HANAという事例を通じて、物語資本がどのように生まれ、どのように再定義されていくのかを考えます。

1、物語資本は「ストーリー」ではない

SRCF理論における五資本の一つが、物語資本です。

物語資本とは、単に出来事を魅力的に語る技術ではありません。

企業や組織、ブランド、そして人の存在に、

なぜ存在するのか。
何を大切にしているのか。
どのような意味を持つのか。

という意味づけを与える力です。

だから、物語資本は広告やプロモーションでつくられる「ストーリー」とは少し違います。

もちろん、物語を伝える技術は必要です。

しかし、どれほど巧みに語られたとしても、人の人生と接続しなければ、それは物語資本にはなりません。

『No No Girls』が強い物語資本を持ったのは、よくできた物語だったからではありません。

そこに登場する人たちの経験が、視聴者自身の経験と重なったからです。

他者から「No」を突きつけられた経験。
自分自身に「No」を出し続けてきた経験。
思うようにいかなかった時間。
それでも前へ進もうとした記憶。

そうした一人ひとりの人生が、彼女たちの姿を通して再び立ち上がりました。

つまり物語資本とは、発信者が一方的につくるものではありません。

受け取る人が、自分の人生と接続したときに初めて生まれるものなのです。

2、「No」は誰の物語になったのか

『No No Girls』における「No」は、HANAの過去を説明する言葉でした。

しかし、それだけではありません。

「No」という言葉は、視聴者自身の人生を読み替える言葉にもなりました。

私は第6回で、HANAに引き寄せられた人たちの中には、自分自身がこれまで突きつけられてきた「No」を彼女たちの姿に重ねた人も少なくなかった、と書きました。

ここに、物語資本の重要な特徴があります。

一つの物語が、その主人公だけのものではなくなるのです。

もちろん、オーディションを経験したのはメンバーです。
その場をつくったのは、ちゃんみなやBMSGです。

しかし、その物語を受け取った人たちは、自分の経験と重ねながら別の意味を見つけていきます。

「自分も諦めなくていい」
「誰かの評価だけで自分を決めなくていい」
「過去に否定されたことが、未来まで決めるわけではない」

同じ映像を見ていても、受け取る意味は人によって違います。

だからこそ、物語資本は豊かになります。

物語資本とは、一つの正しい解釈が固定されることではありません。

一つの出来事から、多様な意味が生まれ続けることです。

そして、その意味が再び人の感情を動かします。

ここで、物語資本と感情資本が循環し始めます。

3、強い物語は、時に存在を閉じ込める

ただし、強い物語には別の側面もあります。

原点が強ければ強いほど、その原点から離れにくくなることがあります。

HANAは、『No No Girls』から生まれました。

その物語が多くの人を動かしたことは間違いありません。

しかし、HANAが今後も成長を続ける中で、

いつまでも苦労を語り続けなければならない。
「No」を乗り越える存在であり続けなければならない。
最初にファンが愛した物語から外れてはいけない。

という状態になれば、原点は資本ではなく制約になり得ます。

物語は、存在を支えることもあります。

同時に、存在を閉じ込めることもあります。

これは、企業やブランドでも同じです。

創業時の苦労。
創業者の思い。
かつての成功体験。
その企業らしさ。

こうした原点は、組織を支える大切な物語資本になります。

しかし、「昔からこうだった」という言葉によって新しい判断が封じられれば、物語は未来を開く力ではなく、過去へ引き戻す力になります。

原点を守ることと、原点に縛られることは同じではありません。

HANAもまた、これからその問いに向き合っていくことになるでしょう。

4、物語は誰のものなのか

ここで、第5回で考えたステークホルダーの視点が重要になります。
第5回では、

ステークホルダーとは、資本生成に参与する人たちである

と捉え直しました。

物語資本についても同じです。

HANAの物語に参与しているのは、メンバーだけではありません。

ちゃんみながいる。
BMSGがいる。
ダンスや歌唱を指導した人たちがいる。
楽曲や映像を制作するスタッフがいる。
ファンがいる。
メディアがいる。
これから初めてHANAに出会う人もいます。

それぞれが、違う位置からHANAを見ています。

そして、それぞれが違う意味を見いだします。

では、HANAの物語は誰のものなのでしょうか。

この問いに、一つの所有者を決める必要はありません。

メンバーには、自分たちの人生を生き、物語を更新していく主体性があります。

運営には、活動を支え、判断し、責任を負う役割があります。

ファンには、そこから自分なりの意味を受け取る自由があります。

物語資本とは、誰か一人が所有し、完成させるものではありません。

異なる主体による意味づけが重なり、時間とともに更新され続ける資本なのです。

ただし、「みんなの物語」であることは、誰もがHANAの未来を決められるという意味ではありません。

第7回で述べたとおり、関与することと所有することは違います。
ファンがHANAの物語に自分の時間を差し出したとしても、メンバーの人生を所有する権利が生まれるわけではありません。

物語に参与することと、物語を支配することもまた違うのです。

5、再定義とは、原点を捨てることではない

では、物語資本の再定義とは何でしょうか。

それは、原点を捨て、新しい物語へ置き換えることではありません。

原点が持つ意味を、現在の経験によって広げていくことです。

たとえば、『No No Girls』における「No」という言葉。

当初は、

「他者から否定された自分を乗り越える」

という意味が強かったかもしれません。

しかし、経験を積み、立場が変われば、同じ「No」という言葉が別の意味を持つ可能性があります。

他者からの評価だけで、自分を決めない。
過去の評価だけで、他者を決めない。
自分自身が誰かに安易な「No」を突きつけない。

もちろん、HANAが実際にこのような再定義をしている、という意味ではありません。

ここで見ているのは、物語資本が持つ可能性です。

同じ原点でも、現在の立場や経験が変われば、その意味は更新されます。

だからこそ、物語は生き続けることができます。

物語資本の成熟とは、原点をそのまま保存することではありません。

原点を失わずに、新しい意味を生み続けられることなのです。

6、制度資本が物語の更新を支える

ここで、第8回で扱った制度資本とつながります。

物語を更新するためには、過去が残っていなければなりません。

最初に何を考えていたのか。
どのような判断をしたのか。
何に迷ったのか。
誰が支えたのか。
どのような応答を重ねてきたのか。

その履歴があるからこそ、現在との違いが分かります。

もし過去の記録がなければ、何が変わったのかも、何を引き継いだのかも分かりません。

記録する。
公開する。
振り返る。
応答する。

こうした仕組みは、制度資本です。

制度資本は、物語を固定するためのものではありません。

むしろ、物語を更新できる状態に保つための基盤です。

企業のニュースルームも、同じ役割を持ちます。

ニュースルームは、企業にとって都合のよい一つの物語を完成させる場所ではありません。

その時々に、

何を考えたのか。
何を判断したのか。
誰と関わったのか。
何が変わったのか。

を記録し、公開していく場所です。

その履歴が残ることで、未来の人は過去を読み直すことができます。

過去の出来事に、新しい意味を見いだすことができる。

制度資本が、物語資本の更新を支えるのです。

7、物語が歴史資本へ向かうとき

出来事が起きただけでは、歴史にはなりません。

記録されただけでも、まだ歴史資本とは言えません。

SRCF理論における歴史資本とは、意味づけられた時間の蓄積です。

ある出来事が後から振り返られる。
新しい経験を通して読み直される。
そこから次の判断につながる意味が見つかる。

その繰り返しによって、時間は単なる過去ではなく、現在と未来を支える資本になります。

HANAには、まだ長い歴史はありません。

むしろ、これからです。

しかし、『No No Girls』から始まった経験が記録され、何度も振り返られ、その意味が更新されていくならば、HANAは少しずつ歴史資本を蓄積していくことになります。

デビュー当時には分からなかった出来事の意味が、5年後、10年後に初めて見えることもあるでしょう。

当時の失敗が、後から重要な転機として意味づけられることもあるかもしれません。

物語が時間を超えて読み直され続けるとき、それは歴史資本へ向かい始めます。

HANAは今、その入口に立っていると見ることができます。

8、「No」の先へ進めるか

『No No Girls』という物語は、これからもHANAの重要な原点であり続けるでしょう。

その事実が消えることはありません。

しかし原点とは、戻り続ける場所ではありません。

そこから何を持って、次へ進むのかを確かめる場所です。

HANAのメンバーは、これから新しい経験を重ねていきます。

成功もあるでしょう。
思うようにいかないこともあるでしょう。
新しいステークホルダーとの出会いも生まれます。
ファンとの関係も変化していきます。

その経験の中で、『No No Girls』という原点が持つ意味も、少しずつ変わっていくはずです。

そして、その変化こそが、物語資本の再定義です。

物語資本は、過去の物語を保存することで蓄積されるのではありません。

過去の意味を、現在と未来から繰り返し捉え直せることで蓄積されます。

さらに重要なのは、更新された物語が再び人の感情を動かすことです。

物語資本が感情資本を生む。
感情資本が関係資本を育てる。
そこで新しい経験が生まれる。
その経験が、再び物語の意味を更新する。

ここに来て、五資本は一方向に積み上がるものではなく、循環するものとして姿を現します。

HANAという物語がこれからどのような意味を獲得するのか。

その答えは、まだありません。

だからこそ、今後の歩みそのものが、HANAの物語資本になっていきます。

次回は、その歩みが一時的な熱狂で終わるのか、それとも持続的な関係と文化へ成熟していくのか、その分岐点を考えます。

第10回のテーマは、成熟への分岐点です。

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