HANA:第8回 制度なき成長のリスク 〜感情と関係を持続可能にする制度資本

こんにちは、荒木洋二です。

HANAへの応援は、一人ひとりの感情から始まりました。

その感情が他者の感情と共鳴し、関与が次の関与を呼び込み、ファンという関係の網が広がっていく。そこには、感情資本が関係資本へと育っていく過程がありました。

しかし、関係が広がり、共同体が成長すれば、それだけで持続可能になるわけではありません。

成長は、関係を広げます。
同時に、関係の距離と複雑さも広げます。

関わる人が増える。
期待が多様になる。
異なる考え方が交わる。
判断の影響が及ぶ範囲も大きくなる。

少人数のあいだでは、信頼や暗黙の了解によって保たれていたことが、規模の拡大とともに伝わらなくなります。

誰が判断するのか。
誰が説明するのか。
誰が傷ついた人を守るのか。
誰が異なる意見を受け止めるのか。

こうした問いに応える仕組みがないまま成長が続けば、感情資本と関係資本は、かえって不安定になります。

第7回では、ファン同士が自律的に場を守ろうとする「ファンのガバナンス」を取り上げました。

その力は重要です。
しかし、善意や良識、自浄作用だけで、成長した共同体を支え続けることはできません。

感情と関係が大きくなるほど、それを持続可能にする制度が必要になります。

本稿では、感情資本と関係資本によって成長する共同体に、なぜ制度資本が必要なのかを考えます。

なお、ここでHANAやBMSGに制度が存在しないと論じるものではありません。外部からは、組織内部の体制や判断過程のすべてを知ることはできないからです。

HANAという事例を手がかりに、急速に成長する共同体に共通する構造的なリスクを捉えることが、本稿の目的です。

1、成長が先に進み、制度が後を追う

新しい活動や共同体が生まれた初期段階では、制度が十分に整っていないことは珍しくありません。

強い思いを持つ人がいる。
互いに信頼している。
共有された目的がある。
困ったときには、その場で話し合える。

こうした状態では、細かなルールがなくても活動は進みます。

むしろ、制度を先に細かく決め過ぎれば、動きが鈍くなることもあります。新しい挑戦には、余白や柔軟性が必要です。

しかし、成長とともに状況は変わります。

関わる人が増えるほど、互いの顔が見えにくくなる。
共有されていた価値観が、すべての人に同じようには伝わらなくなる。
一つの判断が、多くの人の感情や行動に影響を与えるようになる。

初期には個人の判断で対応できたことも、規模が大きくなれば、個人だけでは引き受けられません。

それでも制度が整わなければ、誰かの善意、献身、経験に負担が集中します。

成長が速いほど、制度は後を追う形になります。

問題は、制度が後から整うこと自体ではありません。
制度の必要性が見過ごされたまま、成長だけが続くことです。

2、制度は感情を冷やすものではない

制度という言葉から、堅い規則や管理、自由を制限する仕組みを思い浮かべる人もいるでしょう。

感情や創造性を大切にする活動に、制度を持ち込めば、その魅力が失われる。そう感じる人もいるかもしれません。

しかし、SRCF理論における制度資本は、感情や関係を抑え込むためのものではありません。

制度資本とは、文化、仕組み、ルール、場などを通じて、感情資本と関係資本を持続可能にする力です。

制度は、感情を冷やすためにあるのではない。
感情が壊れないように支えるためにあるのです。

誰もが安心して関われる場をつくる。
異なる意見が生まれたときの向き合い方を示す。
判断する人と責任を負う人を明確にする。
問題が起きたときに、声を届けられる経路を整える。

こうした仕組みがあることで、参加者は関係を続けることができます。

制度がない方が自由なのではありません。

制度がなければ、その場に長くいる人、影響力の強い人、声の大きい人の判断が、事実上のルールになることがあります。

明文化された制度がない場所にも、力関係は存在します。

むしろ制度の不在は、目に見えない権力や暗黙のルールを強める可能性があります。

制度資本とは、関係を固定するものではありません。
関係を、公正に更新できる状態に整えるものなのです。

3、善意が制度の代わりになるとき

共同体の初期には、多くのことが善意によって支えられます。

誰かが気付いて動く。
誰かが不足を補う。
誰かが場の空気を読み、衝突を避ける。
誰かが表に出ない仕事を引き受ける。

その善意は、共同体を立ち上げる大きな力になります。

しかし、善意を前提とした運営が続けば、負担は見えにくくなります。

あの人なら対応してくれる。
今までも問題なくできていた。
明確に決めなくても、誰かが動くだろう。

こうした期待が積み重なると、特定の人の献身が、仕組みの代わりになります。

HANAという現象を支えているのは、表舞台に立つメンバーだけではありません。

ダンスや歌唱を指導する人たち。
楽曲や映像を制作する人たち。
現場を運営する人たち。
メンバーの心身を支える人たち。
情報を届け、問い合わせや反応を受け止める人たち。

第5回で述べたとおり、こうした人たちもまた、五資本の生成に参与する重要なステークホルダーです。

急速な成長によって業務や期待が増えたとき、制度が整っていなければ、その負担は見えにくい人たちへ集中します。

表から見える成功の背後で、誰かが無理をしている。
成長を止めないために、誰かが声を上げられずにいる。
属人的な判断が積み重なり、問題が起きてから初めて負担が見える。

この状態は、持続可能とは言えません。

善意は尊いものです。
しかし、善意を使い続けなければ回らない組織は、制度が不足している可能性があります。

制度資本の役割は、善意を不要にすることではありません。

善意を消耗品にしないことです。

4、誰が判断し、誰が応答するのか

成長する共同体では、判断の数が増えていきます。

何を公開するのか。
何を公開しないのか。
批判や誤解に、どう向き合うのか。
メンバーやスタッフを、どう守るのか。
ファンの期待に、どこまで応えるのか。

判断そのものをなくすことはできません。

重要なのは、誰がどのような根拠で判断し、誰がその結果に応答するのかが分かることです。

制度が整っていないと、判断は特定の個人に集中します。
判断する人が誰か分からない。
問題が起きても、どこへ伝えればよいか分からない。
説明がないまま、結果だけが示される。
対応が案件ごとに変わる。

こうした状態が続けば、ファンや関係者は、組織の判断基準を理解できません。

理解できない空白には、推測が入り込みます。

誰かが隠しているのではないか。
特定の人だけが優遇されているのではないか。
ファンの声を無視しているのではないか。

事実が分からないほど、感情は推測によって動きます。

もちろん、組織には公開できない情報があります。
すべての判断過程を明らかにすることもできません。

それでも、

何を大切にして判断したのか
誰が責任を持つのか
何が起きたときに、どのように対応するのか

という基本姿勢は示すことができます。

制度資本とは、判断を機械化するものではありません。

判断と応答の責任を曖昧にしないための基盤なのです。

5、応答の履歴が信頼を支える

第7回では、デジタル空間に攻撃の履歴だけでなく、関係を守ろうとした応答の履歴も残せると述べました。

これは、組織にも当てはまります。

問題が起きたとき、どのように向き合ったのか。
寄せられた声を、どのように受け止めたのか。
判断を変えたのか、変えなかったのか。
変えなかったのであれば、その理由は何だったのか。

こうした応答の履歴は、組織が何を大切にしているかを示します。

信頼は、問題が一度も起きないことで生まれるわけではありません。

問題や摩擦が生まれたときに、どのように応答したのか。
その積み重ねによって、信頼は更新されていきます。

応答がなければ、関係は止まります。

声を届けても反応がない。
何が起きたのか説明されない。
同じ問題が繰り返される。
過去の判断と現在の判断がつながらない。

こうした状態では、感情資本は失望へ変わり、関係資本は損なわれます。

一方で、完璧な回答ができなくても、組織が問いを受け止め、考え、判断し、説明しようとする姿勢が見えれば、関係を続ける余地が生まれます。

応答とは、すべての要求に応えることではありません。

異なる立場を認識し、そのうえで自らの判断と責任を示すことです。

応答の履歴を残すことは、未来の判断を支えることにもなります。

過去に何を考えたのか。
なぜその対応を選んだのか。
その結果、何が起きたのか。

その記録があれば、組織は同じ問いに出会ったとき、過去から学ぶことができます。

応答の履歴は、信頼の履歴であり、制度資本の一部なのです。

6、ファンのガバナンスだけに委ねない

ファンコミュニティには、自ら場を守ろうとする力があります。

悪意ある投稿を増幅しない。
攻撃的な言葉をたしなめる。
誤解があれば、別の情報を示す。
異なる意見が共存できるように働きかける。

こうしたファンのガバナンスは、関係資本の成熟を示す重要な動きです。

しかし、共同体の健全性をファンだけに委ねてはなりません。

ファンには、正式な権限がありません。
必要な情報にアクセスできるわけでもありません。
すべての問題に対応する責任を負っているわけでもありません。

ファン同士の注意や自浄作用だけでは、止められない攻撃もあります。

メンバーやスタッフの安全に関わる問題。
権利侵害や誹謗中傷。
誤った情報の拡散。
業務や契約に関わる問題。

こうした領域では、運営組織やプラットフォーム、場合によっては法制度による対応が必要です。

共同体を守る力は、一つの場所に集中するものではありません。

ファンが自律的に関係を守る。
運営組織が責任を持って判断し、対応する。
プラットフォームが安全な利用環境を整える。
社会の法制度が重大な権利侵害を抑止する。

それぞれの層が、それぞれの責任を果たす必要があります。

これは、ガバナンスの重層化と呼べるでしょう。

ファンのガバナンスは、組織の責任を代替するものではありません。
組織の制度もまた、ファンの主体性を奪うものであってはなりません。

両者が補い合うことで、関係資本は持続可能になります。

7、制度が物語を守る

制度が必要になると聞くと、自由な物語が管理され、固定されてしまうように感じるかもしれません。

しかし、制度の役割は、物語を一つの形に閉じ込めることではありません。

誰もが安心して関われる余白を守る。
異なる経験や解釈が残るようにする。
一部の強い声だけが、物語を独占しないようにする。
表舞台だけでなく、支える人たちの経験も記録する。

制度資本が整うことで、物語は、より多くの人によって共有され、更新される可能性を持ちます。

制度がなければ、最も声の大きい人の物語が、全体の物語として扱われるかもしれません。

成功した結果だけが残り、迷いや失敗、支えた人たちの経験が消えてしまうかもしれません。

記録されなかった経験は、時間とともに失われます。

制度資本とは、関係を管理する仕組みであると同時に、誰の経験を残し、どのように次の世代へ渡すのかを支える仕組みでもあります。

だからこそ、制度資本は物語資本や歴史資本の生成にも関わります。

感情から始まった物語を、一時的な熱狂で終わらせない。
関わった人たちの経験を残し、未来へ引き継ぐ。

そのためにも、制度が必要なのです。

8、成長を止めるのではなく、支えられる形にする

制度なき成長の最大のリスクは、成長すること自体ではありません。

感情や関係の広がりに対して、組織の判断、応答、支援の仕組みが追いつかなくなることです。

成長の速度に制度が追いつかなければ、負担は個人に集中します。
判断が属人的になります。
異なる意見が届かなくなります。
問題が起きても、責任の所在が分からなくなります。

その結果、成長を支えてきた感情資本と関係資本そのものが損なわれます。

制度資本は、成長を止めるためにあるのではありません。

感情と関係が壊れない形で、成長を続けるためにあるのです。

ルールを増やすことだけが制度化ではありません。

判断の原則を共有する。
声を届ける経路をつくる。
支える人たちの負担を見えるようにする。
問題が起きたときの責任と応答を明確にする。
判断と関係の履歴を残す。

こうした一つひとつが、制度資本を形づくります。

HANAという現象が今後も多くの人の感情と時間を引き受けていくならば、その関係を支える制度の重要性も増していくでしょう。

それは、HANAだけに限りません。

企業も、ブランドも、スポーツも、地域の活動も、感情と関係によって成長します。

そして、その成長を持続可能にするのが制度資本です。

感情資本が人を動かす。
関係資本が人をつなぐ。
制度資本が、その関係を支え、更新可能にする。

この三つが循環して初めて、成長は一時的な現象ではなく、次の物語を生み出す力になります。

次回は、感情資本と関係資本によって共有されてきたHANAの物語が、今後どのように意味づけられ、更新されていくのかを考えます。

第9回のテーマは、物語資本の再定義は起きるかです。

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