HANA:第10回 成熟への分岐点 ― 「熱狂の先で、関係を更新し続けられるか―

こんにちは、荒木洋二です。
HANAは、デビュー以前から多くの人の感情を動かしてきました。
『No No Girls』を通じて感情資本が生まれ、応援という形で人々の時間が接続され、その感情がデジタル空間で共鳴しました。
ファンが増幅されることで関係資本が立ち上がり、その関係を持続させるために制度資本の必要性が見えてきました。
そして前回は、『No No Girls』という原点が、新しい経験によって意味を更新していく可能性を、物語資本の再定義として考えました。
ここまで来ると、次の問いが浮かび上がります。
HANAを支えてきた強い感情と関係は、この先どこへ向かうのでしょうか。
大きな注目を集めること。
ファンが増えること。
多くの人に知られること。
大きな舞台に立つこと。
これらは、成長を示す一つの尺度です。
しかし、成長と成熟は同じではありません。
むしろ、成功した後にこそ、その違いが見えてきます。
熱狂が落ち着いたとき。
新しいファンが加わったとき。
メンバー自身が変化したとき。
期待と現実のあいだにずれが生まれたとき。
それでも関係を続けられるのか。
本稿では、HANAという事例から、成長が成熟へ向かうための分岐点を考えます。
1、成熟とは「熱量が下がらないこと」ではない
ファンになったばかりの頃は、強い熱量を持つことがあります。
毎日のように動画を見る。
新しい情報を追う。
楽曲を繰り返し聴く。
コメント欄を読む。
次の活動を楽しみに待つ。
その熱量は、感情資本が生まれた証しでもあります。
しかし、その状態が永遠に続くわけではありません。
人の生活は変わります。
仕事や家族の状況も変わります。
関心の持ち方も変わります。
毎日動画を見ていた人が、時々楽曲を聴く人になるかもしれません。
すべての活動を追っていた人が、大きな節目だけを見守るようになるかもしれません。
それをすべて「離反」と捉える必要はないでしょう。
関わり方が変わっても、関係が切れない。
むしろ、そこに関係資本の成熟があります。
成熟とは、感情の強さを一定に保ち続けることではありません。
感情の変化を受け入れながら、関係を続けられることです。
熱狂を維持することと、関係を持続することは違います。
この違いを受け入れられるかどうかが、最初の分岐点です。
2、感情資本は「刺激」に依存するか
強い感情を維持しようとすると、さらに強い刺激が必要になることがあります。
新しい楽曲。 新しい企画。 大きな舞台。 劇的な出来事。 次の話題。
前回よりも強く。
前回よりも大きく。
前回よりも驚きを。
こうした刺激は、人の感情を動かします。
しかし、刺激がなければ関係が続かない状態になれば、感情資本は蓄積されるのではなく、消費され続けることになります。
これはエンターテインメントに限りません。
企業の発信も同じです。
常に新しいニュースを出さなければ見てもらえない。 目立つ言葉を使わなければ反応されない。 より強い情報を出し続けなければ関心を保てない。
その状態では、発信も受け手も疲れていきます。
成熟した感情資本は、大きな刺激がなくても消えません。
日常の小さな変化を見守る。
過去の楽曲を聴き直す。
以前の言葉を思い出す。
しばらく離れていても、何かのきっかけで戻ってくる。
そうした関係が残ります。
感情資本の成熟とは、熱量を最大化することではありません。
熱量が変化しても、意味が残ることなのです。
3、関係資本は「閉じる」か「開く」か
関係が長く続くほど、その共同体には歴史が生まれます。
初期から知っている人がいる。
オーディションの頃から見続けている人がいる。
デビュー後に知った人がいる。
これから初めてHANAに出会う人もいるでしょう。
関係資本が成熟しなければ、長く関わってきたこと自体が特権のように扱われる可能性があります。
「昔から知っている」
「最初から応援している」
「本当のファンなら知っている」
こうした言葉が、共同体の内と外を分け始めます。
応援歴の長さが資格になり、正しい応援の仕方が固定されれば、関係資本は厚くなるほど外に閉じていきます。
しかし、成熟した共同体は違います。
これまで積み重ねてきた関係を大切にしながら、新しく入ってくる人にも余白を残します。
『No No Girls』をリアルタイムで見ていなかった人も、後からその物語に出会うことができます。
当時の感情を完全に共有することはできなくても、その記録に触れ、自分なりの意味を見いだすことはできます。
新しく関わる人が増えることで、物語に新しい意味が加わることもあります。
関係資本の成熟とは、内側の結束を強くすることだけではありません。
新しい人が入ってきても壊れない関係を持つことです。
閉じるのか。
開き続けられるのか。
ここにも、成熟への分岐点があります。
4、制度資本は「管理」になるか「支え」になるか
第8回では、感情と関係が大きくなるほど、それを支える制度資本が必要になると述べました。
しかし、制度が増えれば成熟するわけではありません。
制度は、ときに関係を守るためのものから、関係を固定するものへ変わります。
ルールを守ること自体が目的になる。
異なる意見が届かなくなる。
前例のない判断ができなくなる。
「これまでこうしてきた」という理由だけで、変化を拒む。
こうなれば、制度資本は関係を支える力ではなく、関係を硬直させる力になります。
成熟した制度資本は、変化を止める制度ではありません。
問題が起きれば見直せる。
新しい声を受け止められる。
判断の理由を説明できる。
支える人に負担が集中すれば、仕組みを変えられる。
つまり、
成熟した制度とは、変わらない仕組みではなく、変われる仕組みです。
制度の価値は、ルールが多いことではありません。
関係が変化したとき、その変化に応答できることにあります。
HANA自身が成長し、ファンも変わり、社会環境も変われば、必要な制度も変わります。
その変化に制度が追いつけるか。
ここが、制度資本の成熟を分けます。
5、物語資本は「固定」されるか「更新」されるか
第9回では、HANAの強い原点である『No No Girls』について考えました。
「No」を突きつけられた経験。 それでも自分自身と向き合い、未来へ進む姿。
その物語が、多くの人の感情を動かしました。
しかし、強い原点があるからこそ、そこに固定される危険もあります。
HANAが今後も、
「Noを乗り越えた少女たち」
という一つの説明だけで語られ続けるなら、原点は次第に未来を狭めるかもしれません。
メンバー自身も変化します。
社会における立場も変わります。
かつて「No」を突きつけられた側だった人が、経験を積み、今度は誰かに影響を与える側になることもあるでしょう。
そのとき、原点が持つ意味も変わります。
原点を大切にすることと、同じ物語を繰り返し続けることは違います。
成熟した物語資本は、原点を消しません。
原点を持ちながら、新しい経験を受け入れ、その意味を更新していきます。
変わらない物語が強いのではありません。
変化に耐えながら、意味を更新できる物語が強いのです。
6、歴史資本は「懐古」になるか「判断資源」になるか
HANAには、まだ長い歴史はありません。
だから、この論点はこれからの仮説です。
活動が長く続けば、やがて人々は過去を振り返るようになります。
「あの頃はよかった」
「あの時期が一番好きだった」
「昔のHANAの方がよかった」
こうした感情が生まれることもあるでしょう。
過去を懐かしむこと自体に問題があるわけではありません。
大切な時間を振り返ることも、歴史資本の一部です。
しかし、過去が現在を否定するための基準になれば、歴史資本は成熟しません。
歴史資本とは、過去を美しく保存することではないからです。
SRCF理論における歴史資本は、意味づけられた時間の蓄積です。
「あの頃がよかった」で終わるのではなく、
あのとき何が起きたのか。
何を選んだのか。
何を失敗したのか。
そこから何を学んだのか。
だから今、何を選ぶのか。
と現在の判断につながる。
そのとき、過去は懐古の対象ではなく、未来を考えるための資源になります。
成熟した歴史資本とは、過去を戻る場所ではなく、次の判断を支える場所にすることです。
7、五資本のどれか一つが強くても成熟しない
ここまで、五つの資本をそれぞれ見てきました。
ここで重要なことがあります。
感情資本が大きければ成熟するわけではありません。
感情資本だけが強くなれば、熱狂と消耗へ向かう可能性があります。
関係資本だけが強くなれば、内輪化や排他性へ向かうかもしれません。
制度資本だけが強くなれば、管理と硬直を生むことがあります。
物語資本だけが強くなれば、過去の物語が神話化され、変化できなくなる可能性があります。
歴史資本だけが強くなれば、懐古に陥ることがあります。
五資本は、どれか一つを最大化するためのものではありません。
互いに作用し、補い、時に修正し合いながら循環することで力を持ちます。
感情が関係を生む。
関係の中で、新しい経験が生まれる。
制度が、その経験と関係を支える。
物語が、その経験に意味を与える。
歴史が、その意味を時間の中に蓄積し、次の判断を支える。
そして、その判断や新しい物語が、再び人の感情を動かす。
ここで、五資本は再び感情資本へ戻ります。
一直線ではありません。
循環です。
だから、成熟とは五資本をたくさん持つことでもありません。
成熟とは、五資本が互いを消耗させずに循環し続ける状態だと捉えることができます。
8、変わりながら、関係を続けられるか
HANAは、これからも変わっていくでしょう。
メンバー自身も変わります。
表現も変わるでしょう。
ファンも変わります。
支えるスタッフやステークホルダーも変わるかもしれません。
社会も変わります。
その変化を、「最初と違う」と拒むこともできます。
あるいは、原点を持ちながら、新しい関係と物語をつくることもできます。
成熟とは、変わらないことではありません。
変わりながら、関係を更新し続けられることです。
熱量が変わっても、関係を続けられる。
新しい人が加わっても、共同体を開いておける。
制度が必要になっても、硬直せずに見直せる。
原点を持ちながら、物語を更新できる。
過去を懐かしむだけでなく、次の判断に生かせる。
その一つひとつが、成熟への分岐点です。
HANAが今後、どの道を選んでいくのか。
現時点で、その答えを出すことはできません。
そして、外部にいる私たちが答えを決めることでもありません。
ただ、ここまで見てきた五資本というレンズを使えば、これから起きる変化を「売れたか、売れなかったか」「人気が続いたか、続かなかったか」だけではなく、別の角度から見ることができます。
感情資本は持続しているか。
関係資本は開かれているか。
制度資本は関係を支えているか。
物語資本は更新されているか。
歴史資本は次の判断へつながっているか。
その循環を見ることが、HANAの成熟を見ることになります。
次回はいよいよ、この問いを未来へ向けます。
第1回から第10回まで見てきた五資本を手がかりに、HANAにはこれからどのような進路があり得るのかを考えます。
第11回のテーマは、HANAはどこへ向かうのかです。
