広報PRコラム#42 危機のときにこそ「舞台裏」(3)
こんにちは、荒木洋二です。
組織風土の問題は、組織における広報PRやコミュニケーションの在り方にも大きな影響を及ぼします。組織風土、組織文化を変革することは、決して簡単ではありません。前回のコラムでは、トヨタの不正検査問題を事例に、「心理的安全性」を阻む三つの要因を挙げつつ確認しました。
◆みずほ銀行の大規模システム障害から学ぶ
前回から触れているとおり、ニュートン・コンサルティングの取締役副社長である勝俣良介氏は、2021年6月15日に公表された、167ページにわたる『株式会社みずほ銀行の大規模システム障害に関する調査報告書(公表版)』(システム障害特別調査委員会 )を読み解きました。同報告書にはIT関連業界だけでなく、多くの企業にとって学ぶべき内容があり、教訓にあふれていると主張しています。勝俣氏のコラムの前編と後編は、次の通りです。リスクマネジメントに関心のある人はぜひご一読いただきたい。
・『リスク管理Navi』コラム(2021年7月7日)
みずほ銀行(MHBK)の大規模システム障害から、私たちみんなが学べること ~「調査報告書」が示す教訓~(前編)
・『リスク管理Navi』コラム(2021年7月7日)
みずほ銀行(MHBK)の大規模システム障害から、私たちみんなが学べること ~「調査報告書」が示す教訓~(後編)
勝俣氏は、コラムの中で学ぶべき点として次の五つを挙げています(原文のママ)。
・学び(1)顧客対応が疎かになった
→ 「トラブルの発生が、いかに人の視野を狭くしてしまうか」を認識すべし
・学び(2)アラートが届かなかった・アラートだと思ってもらえなかった
→ 「通報(アラート)は投げればOK、という単純な話ではない」と認識すべし
・学び(3)気づけたはずのチャンスを活かせなかった
→ 「要所要所のリスクアセスメントを蔑ろにしてはいけない」と認識すべし
・学び(4)思わぬボトルネックにより対応が大きく遅延した
→ 「訓練をしてみなければ発見できないボトルネックは多い」と認識すべし
・学び(5)復旧対応の進め方を誤った
→ 「『最悪の事態』の想定が最大のリスクマネジメントになる」と認識すべし
さすがリスクマネジメントの専門家であり、現場で場数を踏んできたコンサルタントです。膨大な情報から重要な教訓を、具体的な教訓を導き出しています。教訓は抽象的だと、実際の現場では使えないし、生かせません。引用符内に示された教訓も全て30文字以内に収まっています。
『令和時代の公用文の書き方のルール』(小田順子著、学陽書房刊、2021年4月28日初版発行)によると、生命に関わる情報を伝えるには25〜30文字以内が適しているとしています。
大規模システム障害は生命に関わる問題ではありませんが、リスクマネジメントは企業生命や企業の信頼に関わる重要な営みです。短く分かりやすく教訓をまとめることも、重要な意味を持ちます。
◆みずほグループに根付く組織風土
「表舞台」とは結果であり、「舞台裏」とは過程、プロセスであると前々回に述べました。同報告書は、「舞台裏」をつぶさに伝えています。情報開示と説明責任をしっかりと行っている点で、評価されてしかるべき内容です。勝俣氏が指摘したとおり、業界を超え、多くの企業にとって他山の石となることは言うまでもありません。これら教訓は、企業社会全体にとっての財産、社会的利益といってもいいでしょう。
危機のときにこそ、「舞台裏」を明らかにすることの意義の一つがここにあります。
前回の最後で述べたとおり、勝俣氏があえて取り上げなかった組織風土の問題に、ここで踏み込んでみます。
同報告書では、「第7 原因の総括 4 『企業風土』に係る課題」(128〜130ページ)として取り上げています。重要な記述を引用しつつ、同社がどんな企業風土だったのか、探ります。※以下、原文のママ引用。引用符内の太字は筆者。
同報告書を担当した「システム障害特別調査委員会」では、「本調査には時間の制約もあり、役職員の主観的な意識や無意識にすり込まれた行動様式について踏み込んだ検証を行うには至らなかった」と断りつつも、「システム障害等の有事において、自らの持ち場を超えた積極的・自発的な行動によって、問題を抑止・解決するという姿勢が弱い場面がしばしば見受けられた」と指摘しています。「障害の内容・顧客への影響の全容が完全に明確ではない時点において、リスクがあるものとして、発言し行動することを控えるような状況も観察された」と実態に鋭く切り込んでいます。「主観的な意識や無意識にすり込まれた行動様式」とは、まさしく組織風土・企業風土のことです。
役職員たちのこのような姿勢の要因として、「積極的に声を上げることでかえって責任問題となるリスクをとるよりも、自らの持ち場でやれることはやっていたといえるための行動をとる方が、組織内の行動として合理的な選択になってしまう企業風土」だったことを挙げています。「たとえ間違っていたとしても改善の声を上げ、組織の持ち場を超えて意見を述べ、積極的に連携をするなどの行動が高く評価されず、間違いがあれば大きく評価を下げるような企業風土」が、個々人の意識や姿勢の根底に横たわっていることが容易に理解できます。「そういった企業においては、事前に想定しなかった事態が突発的に生じると、組織間連携の欠如」が生じ、その結果として、平時には現れにくく、気付きにくい、組織風土に色濃く影響を受けた根本の姿勢が「環境の変化時や危機時において」露わになるとしています。同報告書は厳しく続けます。「前例がないことについて、新たな提案を行うことが困難となり、根本的な改善提案や業務におけるイノベーションを期待することも難しい状況と」なっていたのが、偽らざる組織の実態でしょう。
ここまで見てきて、明らかになってきたことがあります。みずほ銀行は、おそらく心理的に安全な組織ではないのだろう、ということが推察できます。前回紹介した書籍『心理的安全性のつくりかた』(石井遼介著、日本能率協会マネジメントセンター刊)では、心理的安全性が感じられるには、次の四つの因子が必要だとしています。
①話しやすさ ②助け合い ③挑戦 ④新奇歓迎
積極的に声が上げられず、組織間で連携できていなかったのですから、「話しやすさ」と「助け合い」の因子はかなり低かったのでしょう。改善の声も上げられない状態だったのですから、「挑戦」と「新奇歓迎」も同様だったのでしょう。
1999年に「心理的安全性」という概念を打ち出したのは、ハーバード大学教授のエイミー・C・エドモンドソン氏です。彼の定義が少々難しい表現ですが、同書でも紹介されています。
チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと。
著者の石井氏は、対人関係におけるリスクとは「チームの成果のためや、チームへの貢献を意図して行動したとしても、罰を受けるかもしれない」という不安を感じている状況だといいます。やはり、みずほ銀行は、心理的「非」安全な組織だったことに疑いの余地はなさそうです。
◆組織風土・文化をどうやって変革するのか
同報告書では、当然のこととして「(3)組織・カルチャーに関する再発防止策について」(134〜135ページ)の項目で、再発防止策についても言及しています。
対策の柱は二つです。
第1に、広い視野を持つ専門人材を積極的に活用するとしています。
第2に、「行動様式の変革としてミスや失敗の減点評価の廃止、予防的観点からの前向きな提案・提言を積極的に評価する制度の導入」という再発防止策が策定されました。
「システム障害特別調査委員会」では、これら対策をどう評価したのでしょうか。重要な記述を引用しつつ、どんな評価なのかを確認してみましょう。※以下、原文のママ引用。引用符内の太字は筆者。
「再発防止策は、いずれも人事制度・従業員教育等の側面から、横の連携・縦の連携を促すカルチャーの向上を図るもの」であり、「失敗事例をマイナス評価せず、これを広く共有し次に活かそうとする人事制度や、オープンなコミュニケーションを推進する方策」は、「失点を怖れて積極的・自発的な行動をとらない傾向を促進する企業風土を是正するために有効」である、と一定の評価を与えています。
しかし、制度だけ導入しても、長い年月をかけて築き上げられてきた、組織風土がそう簡単に変革できるとは到底思えません。筆者と同様に感じた読者も少なくないでしょう。このような批判を予想してのことでしょうか、同報告書では、外部からの広い視野を持つ専門人材を活用することの意義をより重視しているようです。
「現状足りない点を補完し、あるいは専門性を高める即戦力として機能するのみならず、組織に新しい風を吹き込み、内部者とは異なる視点で様々な問題提起をしてくれることが期待され、ひいては、上記の企業風土を根本から変える契機になり得るものとして、高く評価できる」と諸手を挙げて称賛しています。確かに「外圧」がないと、変革のきっかけはつかめません。システム障害という事故に直面した今だからこそ、自らの弱さと正面から向き合うべきだし、向き合えるはずです。こんな状況だからこそ、外部専門家の提言を逃げずに謙虚に受け止めることができるかもしれません。今後、どんな提言がなされ、新しい制度をどうやって成果につなげていくのか。みずほグループの行動を注視していくことで、組織風土変革の教材となる「社会的利益」が発見できるのではと期待しています。
次回は、みずほグループの取り組みを前半でもう少し掘り下げてみます。後半でリクルートの社内報を事例に、危機のときにこそ、「舞台裏」を明らかにすることの第2の意義を明らかにします。