広報PRコラム#85 ステークホルダー考(6)

こんにちは、荒木洋二です。

新型コロナウイルス感染症が世界にまん延したのと軌を一にするかのように、「ステークホルダー資本主義」が世界で注目を浴びるようになりました。実はそもそも企業経営にとって、ステークホルダーは決して欠かすことができない重要な存在なのです。そのことにようやく世界が気付き始めたともいえます。

ステークホルダーがどれほど重要な存在なのかを理解するために、七つの項目を挙げました。前々回は、経営目的、経営戦略、社会的責任の三つを、前回は広報PR、リスクマネジメントの二つを読み解きました。連載「ステークホルダー考」の最終回の今回は、残りの二つである経営資源と企業価値について解説します。

■ヒト、モノ、カネ、情報の根本とは

経営資源とは何でしょうか。
一般的には経営資源の構成要素として、ヒト、モノ、カネ、情報の四つが挙げられます。最近では、知的財産と時間を加えて六つといわれることもあります。本稿では一般的な四つに焦点を当て、それぞれの経営資源はそもそも何から生じるものなのか。少し踏み込んで読み解いていきたいと思います。

・ヒト
まず、ヒトとは当然人間、人材のことです。
その企業・組織に関わる経営者・代表者や社員・スタッフのことを指します。彼らは企業・組織の最も身近なステークホルダーです。彼らがいなければ、そもそも価値を提供する出発点にも立てません。

・モノ
次にモノとは主に製造業を想定しており、つまり製品のことです。製品は主に消費財、生産財に分かれます。
モノを生み出すためには部品や原材料の調達先など、取引先が欠かせません。現代は高度に発達した産業社会であり、それに伴いグローバルな分業体制が整備されつつあります。国内で完結するにしても分業体制が確立しています。装置産業の場合、大規模な資金投資を行い、設備を整備します。その場合も設備を建設するためにさまざまな部品・材料が必要です。
つまり供給網(サプライチェーン)が欠かせません。出来上がった製品を顧客のもとに届け、販売するためには、物流網や販売網などの取引先も必要です。それぞれの過程、工程でステークホルダーが関わっていることは明らかです。モノを生み出すためにはステークホルダーの存在が欠かせないということです。

・カネ
企業経営にカネ、つまり資金が必要なことは疑う余地がありません。
企業の資金はどうやって生み出されるのでしょうか。創業時であれば、創業者・経営者の自己資金、あるいは個人投資家、企業を含む機関投資家からの資金でしょう。創業融資として金融機関などから融資される場合もあります。いずれにしても株主・金融機関などのステークホルダーからもたらされます。
企業自身が稼いだ利益を資金とする場合、その利益は顧客の購入・利用料金から生み出されています。やはりステークホルダーからもたらされていることは明白です。

・情報
最後に挙げた、情報はどうでしょうか。
企業経営には環境変化への適応という側面が常について回ります。存続するため、成長するためには絶えず変化する経済環境、社会環境、自然環境への適応が欠かせないことは言うまでもありません。
自らの存立基盤としての社会、事業を営んでいる業界に影響を与える経済動向、災害を含む自然環境の変化が経営に及ぼす影響など、多種多様で多角的な情報を迅速かつ正確に把握することが経営には求められています。
それら情報は報道機関、いわゆるメディアの発信するニュースとして提供されています。官公庁などの公共機関や民間調査会社が実施するさまざまな調査結果やその分析などの情報も、極めて有益かつ不可欠です。こうしてみると、やはりステークホルダーからもたらされている、といえます。

経営資源の四つの要素を一つ一つ掘り下げてみて、明らかになったことがあります。ヒト、モノ、カネ、情報の根本は全てステークホルダーなのです。経営資源とは、すなわちステークホルダーそのものである、ということです。

■企業価値とはステークホルダーの信頼の総和

七つの項目の最後は企業価値です。

筆者が起業して間もない頃、あるベンチャー・キャピタルのセミナーに参加したことがあります。確か今から約15年くらい前のことです。当時、リスクマネジメントの専門人材を育成する団体の事務局長も務めていました。同団体を通じて出会った、ネット風評対策企業の社長が同セミナーの講演者の一人として招へいされました。そこで筆者もセミナー当日、同席したのです。この時、もう一人の講演者として登壇したのが、建設機械大手・小松製作所の坂根正弘会長(当時、現・顧問)でした。坂根会長は小松製作所をV字回復させた立役者として、たびたびメディアで取り上げられていました。著書も売れ、講演に招へいされることも多かった時期です。

坂根会長が講演の中で語った言葉に、筆者は衝撃を受けました。聞いた瞬間に腹落ちしたことを今でも鮮明に記憶しています。二度と忘れない言葉として、筆者の脳裏にしっかりと刻まれました。その言葉とは次の通りです。

・企業価値とはステークホルダーの信頼の総和である

パブリック・リレーションズの本質とは、ステークホルダーとの良好な関係構築であると前回も述べました。良好な関係とは、もっと突き詰めれば、信頼関係のことです。パブリック・リレーションズは、ステークホルダーといかに信頼関係を築くのかということが問われます。目指すべきことは信頼関係を長く続けることです。そのためにパブリック・リレーションズを実践するのです。
繰り返しになりますが、企業価値とはステークホルダーの信頼の総和です。つまりパブリック・リレーションズとは企業価値を創造するための営みそのものだ、と当時腹落ちしたのです。

苦境に喘いでいた同社をV字回復させた坂根会長の言葉だからこそ、より深い納得感を持って、この言葉を受け止めることができました。坂根会長の根底にあった価値観こそ、ステークホルダー資本主義そのものだっただろうと推測できます。

これまで、企業経営そのものともいえる七つの項目を挙げ、ステークホルダーをキーワードに一つ一つを読み解いてきました。

私たちは、企業経営の原点に立ち返るべき時代を生きています。そもそも経営とは何なのか。その解を突き詰めた先に明らかになったのは、ステークホルダーがどれほど重要な存在か、ということです。

言葉だけでなく、日々の営みの中で全てのステークホルダーと正面から向き合い、共に価値を生み出す仲間として大切にし、信頼と共感で結ばれた関係を築き続けていこうではありませんか。

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【お知らせ】
当コラムは本年9月末までをめどに休載します。筆者は今秋にブランディングに関する書籍を出版する準備を進めています。その執筆にしばらく専念するためです。
ご理解いただけますと幸甚です。

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