広報PRコラム#83 ステークホルダー考(4)

こんにちは、荒木洋二です。

書籍『経営戦略の教科書』(遠藤功著、光文社、2011年7月刊)に出合ったのは、今から約10年前のことです。

筆者は2006年8月、現在のPR会社を起業しました。起業後、当コラム「SECIモデル体験(2)(3)(4)」で述べたとおり、実践に基づきながら広報や経営に関する研究を続けていました。
確か2010年頃、当時クライアントの副社長と親しくなり、何度か会食する機会に恵まれました。彼は社会人になってから米国の大学でMBA(経営学修士)を取得するなど、極めて聡明な人物でした。ミーティングや会食時の対話からもその聡明さが伝わりました。非常に謙虚な側面も併せて持っており、広報PRに関しても貪欲で吸収も速く、筆者からの提案をことごとく受け入れ、成果につなげていました。
記憶が定かではないのですが、ある時、どんな書籍を読んでいるのか、影響を受けた経営書があるのかを彼に尋ねたことがありました。彼が回答の一つとして挙げたのが、「現場力」で有名な遠藤功氏でした。筆者が書店で手にした遠藤氏の著書が、前述の『経営戦略の教科書』でした。同書を読んで初めて、「そもそも経営戦略とは何か」という問いに対する解答を得ることができました。

■経営戦略とはステークホルダーとの約束

当時、経営に関する書籍を何冊か読みながら、「経営戦略」に関する解説で腹落ちすることがなかなかありませんでした。戦略と戦術の違いに言及したり、戦略とは長期計画との説明だったり、今一つすっきりしない説明ばかりが多く、納得できませんでした。
そんな時、同書に出合ったのです。同書には次のように書かれていました。

「端的に言えば、経営戦略とは経営の『意思』であり、多様なステークホルダーとの『約束』です。どのような会社を目指すのか、どのような存在になりたいのかを意思表示し、株主や顧客というステークホルダーと約束するものが経営戦略なのです」(原文のママ/太字は筆者)。
さらに続きます。
「企業は設立手続きを行い、登記をすれば誰でもつくることができます。しかし、それだけでは所詮『箱』をつくったにすぎません。経営戦略を練りこみ、明らかにすることによって、企業に『魂』が宿るのです」(同)。

遠藤氏は、経営戦略とはステークホルダーとの約束だといいのけたのです。読んだ瞬間、腹落ちしました。
企業は確かに設立手続きを行っただけでは、「箱」つまり「物」に過ぎません。金融資本主義の下では「企業は株主のもの」といわれており、同じ文脈での認識でしょう。経営理念とそれに基づく経営戦略を練りこむことで、企業には「魂」が宿り、「人格」を持った主体として存在することができるということです。企業はまさしく「法人」であり、経営者とは別の人格を持った存在なのです。企業を取り巻くステークホルダーの中には「企業=法人」もいます。モノではなく、ヒトとして捉えることが重要なのです。

■ステークホルダーと向き合うことの大切さ

前回、最後に述べたとおり、ステークホルダーと約束するのですから、そこには期待が醸成されます。その期待に応えることこそが「責任=responsibility」です。

ここで思い出されるのが、「CSR=Corporate Social Responsibility」、つまり企業の社会的責任です。すなわちCSRとは経営戦略でそれぞれのステークホルダーに約束した事柄の一つ一つを守ることです。さらに言えば、その前提にあるのが情報開示と説明責任です。約束を守るためにどんな取り組みを行ったのか、その取り組みはどんな成果を生んだのか、どんな失敗があったのかに至るまで、全てのステークホルダーに対して包み隠さず公開することです。それぞれのステークホルダーに伝わるように、丁寧に分かりやすく説明することです。これがCSRの一丁目一番地です。

近年、企業社会では「SDGsブーム」が到来しています。SDGsとは、「Sustainable Development Goals」の略で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳します。
なぜ、わざわざ皮肉を込めて「ブーム」というのか。中には「ちゃかすとは言語道断」と立腹される読者もいるかもしれません。なぜ筆者がこう述べるのか。その理由を当コラムの第45回、「CSRからISRへ(1)」で詳しく説明しています。ぜひご一読ください。

SDGsの源流はCSRです。CSRには国際標準があります。2010年11月1日に、「ISO26000」が発行されました。発行したのは、国際標準化機構(ISO)で、経緯や概要は日本規格協会のウェブサイトが詳しい。ISO制定後、「ステークホルダー・エンゲージメント」という用語が注目され始めました。これまた企業社会でブームになりつつある、「エンゲージメント」というカタカナ・ビジネス用語があります。社員が、どれほど会社に愛着心や忠誠心を持っているのか、どれほど働きがいを感じ、誇りを持っているのかを問う際に使われます。それは何も社員だけに限ったことではありません。

CSRが求めるステークホルダー・エンゲージメントとは、そもそもどういうことなのか。端的に言えば、ステークホルダーと正面から向き合おうということです。逃げずに、目を背けずに、存在を決してないがしろにせずに正面から向き合い、その意見や要望、不満などをしっかり受け止めるということです。全てのステークホルダーの声に耳を傾けよう、傾聴しようということがその本質です。
株主だけでなく、顧客だけでもなく、社員も取引先も地域社会の人たちも、全てのステークホルダーの声を傾聴し、真摯に受け止めることがどれほど重要なのか。「ステークホルダー資本主義」が問うていることです。

■そもそも広報PRとは

今回は経営戦略とCSRをステークホルダーをキーワードにひもときました。次回は広報PRとリスクマネジメントについて解説します。可能な限り、経営資源についても言及してみたいと思います。

★参考文献:『経営戦略の教科書』(遠藤功著、光文社刊)

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