広報PRコラム#90 「情報発信」をひもとく(5)

こんにちは、荒木洋二です。

前回は、情報発信における構成要素のうち、「対象」に焦点を当てて解説しました。(誰が)誰に伝えるのか、ということです。構成要素とは次の四つです。

①目的     :何のために伝えるのか。
②(主体と)対象:(誰が)誰に伝えるのか。
③情報の内容  :何を伝えるのか。
④手段     :どうやって表すのか。どうやって伝えるのか。

会社の各部署が日常的に相対しているのは誰なのか。この視点で切り込むことで、(情報を発信する)相手を細かく「分解」しました。現在、自社のことを選んでいる、(目の前にいる)関係者を利害関係者(ステークホルダー)といいます。さらにもう少し踏み込んで、今は知らない、あるいは(金銭的なつながりのある)関係を築けていないが、これから選んでほしい関係者のことを「未来の利害関係者」としました。

◾️3種類の対象

対象を細かく分解した結果、登場人物が多く複雑で難解に感じた読者も少なくないでしょう。今回はもっと簡潔に分かりやすく解説します。
認知の有無、関係の有無を基準として対象を3種類に分けてみました。以下のとおりです。

・(自社のことを)知らない人
・(自社のことを)知っている人
・(自社のことを)選んでいる人

「知らない」ということは、相手にとって「存在していない」ことに等しいと言えます。ですから、まず、企業は自社の商品・サービス、あるいはその存在そのものを「知らせる」ことを目的に情報を発信します。当然、情報を発信する相手は自社のことを「知らない人(個人・法人)」です。
ただ、よく考えてみてください。知らせて終わりではありません。知らせるだけでは意味がありません。少々不謹慎な言い方をすれば、認知を獲得したいだけであれば、一定の人たちに不利益や不安などマイナスの影響を与える不祥事・事故を起こせばいいのです。一気に、いとも簡単に知名度は上がります。

◾️ビッグモーターの知名度を上げた保険不正請求問題

最近でいえば、報道が過熱している中古車販売大手のビッグモーターが最も分かりやすい実例でしょう。テレビを日頃視聴している層にとっては、テレビCMでお馴染みかもしれません。有名俳優を起用して、かなりの広告出稿を行っていました。テレビを見ないし、自動車を買わない層にとっては無名の企業だったに違いありません。今の時代、テレビや新聞などマスメディアで報道されたニュースは、ネット上でもあっという間に拡散します。認知獲得までの速度も、その広がりも尋常ではありません。まさに「悪事千里を走る」の伝播力です。

知らせることは始まりにすぎません。情報発信の目的にはその先があります。それは「選ばれる」ためです。選ばれないと意味がないのです。

ビッグモーターは、保険不正請求の問題を皮切りにその実態が連日報道されています。ネット上では元社員や被害を受けた顧客たちの声がそこかしこにあふれています。ビッグモーターの認知度が一気に高まり、その悪評は瞬く間に広がりました。
ここまで実態が明らかになってくると、ブラック企業との認識が定着してしまうでしょう。現場で働く人、中古車を売却する人と購入する人、取引する人(損害保険会社など)など大勢の人たちから、今後は選ばれなくなるでしょう。これこそ本末転倒の極みです。結局、どれだけ知られたとしても、選ばれないと全く意味がありません。

◾️「知っている」から「選ぶ」へ

企業にとって知らせるという行為は、過程にすぎません。次の段階として「知っている人」たちにも情報を発信しなければなりません。選択肢に挙がる可能性を高める必要があるからです。自社の存在を、その商品・サービスを「知っている人」たちにどうすれば選んでもらえるのか。数ある選択肢の中から選ばれるにはどうしたらいいのか。知っているが、まだ選んでいない人たちから効率よく選ばれるにはどうしたらいいのか。

つまり「知っている」という現在の状態から、どうすれば「選ぶ」という行動を相手にとってもらえるのか。「選んでいる人」は自社にとって目の前にいる人たちです。心理的な距離が非常に近しい人たちと言えます。「知っている人」から「選んでいる人」へと一足飛びにその距離は縮まりません。

もちろん「知らない人」から「知っている人」への移行も簡単ではありません。たった一度情報に触れただけでは認知されません。記憶に残りません。人々は大抵忘れてしまいます。明確に「知っている」という段階に至るまでには、情報に接触する回数が相当数ないと難しいことは言うまでもありません。内容もさることながら問題は回数です。むしろ内容はあまり変えずに繰り返し発信することの方がより重要です。

◾️相手との心理的な距離を縮める 相手側に「選ぶ理由」をつくる

「知っている人」へと移行後、次は「選んでいる人」へと移行させるにはどうしたらいいのか。心理的な距離を縮めるために何を伝えればいいのでしょうか。言い方を変えれば、相手側に「選ぶ理由」をどれほどつくれるのか、ということです。
同じことを繰り返し伝えても、それだけでは選ばれません。接触回数が少なくてはどうにもなりませんが、やみくもに多ければいいという話でもありません。

次回は、情報発信の内容について解説します。知らせるためには何を伝えればいいのか。そして、選ばれるためには何を伝えればいいのか。両者にはどんな違いがあるのか。一つ一つ丁寧にひもときます。

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