広報PRコラム#39 オウンドメディアって何?(4)
こんにちは、荒木洋二です。
前回までの3回にわたるコラムを振り返ります。(1)では、オウンドメディアの本来の意味を確認しつつ、日本の企業社会での現状を概観しました。(2)では、マスメディアの始まりと、元祖「オウンドメディア」である企業広報誌の成り立ちを確認しました。前回の(3)では、日本を代表する企業各社の広報誌の内容や足跡をたどりました。これまでの3回を通して、改めて広報の本質を見つめ直すことができたのではないでしょうか。
◆最古の社内報『鐘紡の汽笛』
今回は、企業社会の広報を知る上で欠かせない「社内報」について踏み込んでみましょう。社内報はもう一つのオウンドメディアともいえるからです。
前々回のコラムで述べたとおり、日本最古の企業広報誌は、1878年創刊の『芳譚雑誌』でした。現存する最古の広報誌は、1897年創刊の『學鐙』(丸善)でした。
では、日本における社内報の始まりはいつだったのか。それは1903年創刊の『鐘紡の汽笛』です。発行したのは鐘淵紡績です。1887年、東京綿商社として創業、1893年に鐘淵紡績に改称しました。社内報の名前からも分かるとおり、現在のカネボウ化粧品の前身です。正確に言いますと、カネボウ化粧品とクラシエです。両社のウェブサイトを閲覧すると、創業時の遺伝子をより濃く受け継いでいるのはクラシエのようです。同社のウェブサイトに掲載された「会社の歴史」によると、その後、『社内報鐘紡』、『カネボウ新聞』、『カネボウニュース』と名称を変更、現在は『クラシエニュース』として現存しているようです。
ここで『日本の広報・PR100年』(猪狩誠也編著、同友館刊)から、その成り立ちを概観してみましょう。
『鐘紡の汽笛』を創刊したのは、工場の支配人であった武藤山治氏です。当時の紡績業界では、職人の自由がかなり制限されていました。社会的地位も低かったようです。武藤氏はこのような慣習には与せず、業界団体にも加盟しませんでした。武藤氏は、女性を含む職人の立場を重んじ、40件にも上る福利厚生制度を立ち上げたといいます。先進的かつ画期的な取り組みだったことは言うまでもありません。その一環として、社内報を創刊したのです。彼の発刊の言葉は、本質を捉え、今も色あせないもので筆者も思わずうなりました。少々長文ですが、『日本の広報・PR100年』より、そのまま転載します。
「わが社には約三万人の従業員がいるが、全国十ヶ所の工場に散在しているので、これを統一する手段の一つとして新聞を発行する。私は、米国オハイオ州のキャッシュ・レジスター製造所社長のパターソン氏が、職工の待遇に気を配り、成功した記事で、同社が社内新聞を発行していることを知り、これをわが社でも取り入れることにした。一つの工場を持つパターソン氏でもこういうことをしているのである。数万の職工と各地に散在する十の工場を持つわが社では、新聞を出す必要性はもっと切実である。この新聞を発行するのは、各工場の状況をお互いに知り、よい点は学び、悪い点は戒めあって、上は工場長から下は一職工に至るまで、会社全体の出来事を知り、同時に意思疎通を図りたい」(原文のママ)。
武藤氏は、女性社員のための社内報『女子の友』まで発行したというのですから、驚きとともに尊敬の念を禁じざるを得ません。この姿勢は、いつの時代になっても失ってはならない普遍的な広報に取り組む姿勢でなくてはなりません。一定の規模を超えた企業は、社内報に取り組まないわけにはいきません。
◆コンクールで最優秀賞を11回受賞した、リクルートの社内報『かもめ』
その後、社内報は、保険会社を中心に発行が相次ぎます。米国の社内報の始まりが保険会社だったことが影響しています。1909年に創刊された、新日鉄釜石製鉄所(当時、釜石鉱山田中製鉄所)の『鉱友』が、初めての純粋な国産社内報だったそうです。
社内報の歴史に確かな刻印を残した会社が、第二次世界大戦後、高度経済成長期に現れます。1960年創業のリクルート(当時:大学新聞広告社)です。ベンチャー企業の先駆けともいえる会社です。創業者は江副浩正氏(2013年没)。東京大学が生んだ最大の起業家と評されています。「リクルート事件」(1988年)では執行猶予付きの有罪判決を受けています。江副氏は社内報の意義を深く理解していた、当時でもまれな経営者でした。2021年1月29日、東洋経済新報社から『起業の天才 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』が出版されました。著者は、(筆者と同じ1965年生まれの)ジャーナリスト・大西康之氏です。江副氏を尊敬する若い起業家もいるようです。
現在のリクルートホールディングスは、グループ従業員数は46,800人、連結子会社351社、連結売上高2兆2,693億円(2021年3月期)と押しも押されもせぬ大企業へと成長しています。
リクルートの社内報は、創刊1971年、月刊『かもめ』と名付けられます。『かもめ』は、今もなお大半の企業が範とすべき社内報の最も根本的で重要な営みを続け、珠玉というにふさわしい数々の取り組みをしました。その証左ともいえる実績を残しました。PR研究会(代表:池田喜作氏/故人)主催の「全国社内報コンクール」では、初応募の1974年以来、24年連続受賞しています。そのうち11回最優秀賞を受賞したほどです。筆者の体験でいえば、今年に入ってからオンラインで初対面したリクルートOBの一人が、誇らしげに『かもめ』のことを話していたのが非常に印象的でした。社員から愛されていただけでなく、OBからも今もなお支持されているとは驚きでした。
『かもめ』創刊に当たって、編集長に任命されたのは当時社長室の秘書であった、福西七重氏でした。福西氏は、創刊から25年、月刊の社内報を347号にわたり、つくり続けました。彼女は25年間の歩みを通して、広報で最も重要な本質を体得していきます。詳しくは福西氏の著書『もっと! 冒険する社内報』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション刊、2007年)をぜひご一読いただきたい。彼女はリクルートの初代『かもめ』編集長を務めた後、ナナ・コーポレート・コミュニケーションという社内報制作支援の会社を立ち上げたほどです。時代の変化にのまれることなく、その姿勢を貫き通した福西氏には頭が下がります。
◆広報は組織の良心を映し出す
同書で「社内報」と記されたものは、全て「広報(媒体)」と置き換えられます。当コラムで何度も繰り返し訴えている、「真の広報PR」あるいは「広報の本質」という意味において置き換えられます。また、その場合、「社員」は「利害関係者」と置き換えるべきでしょう。同書で記載されている福西氏が残した、「刺さる名言」をいくつか紹介しましょう。同書内では太字と囲みで目立つように、各章の最後に示されていた言葉です。
・経営者と社員の思いが出会うのが社内報。情報公開と情報共有の場としての役割をはっきり認識したい。
・社内報への参加は、不安定な気持ちを前向きにする効果がある。漢方薬のように体質改善までしてくれる。
・社内報のバックナンバーは企業の歴史そのもの、生きたデータバンクになる。
・社内報は「会社の良心」を企業文化につなげていく役割を果たす。
ごく一部ですが、いかがですか。創業者の江副氏が語った、「制度より風土」や「社内報は会社の中枢神経」も、短い言葉ながら広報の本質を表しています。
広報とは、まさしく企業の良心を映し出すものです。それは情報操作や印象操作では決してありません。良心を映し出すからこそ、ありのままの姿を表すからこそ、広報により企業風土はつくられます。企業風土が企業文化へとつながっていきます。前回の企業広報誌でも触れたとおり、企業理念に基づく企業文化の先に社会を変革する、社会をより良くするための文化を育むことができるのです。資生堂は、企業広報誌とは呼ばず、「企業文化誌」としています。
福西氏の取り組みで特筆すべき点として、社内報の伝え方が挙げられます。彼女が重視したのが同時性と手配りです。東京本社と東京近郊の営業所以外には前日に発送し、地方の社員も遅れることなく全員同日に手にできるようにしました。しかも、本社に対しては各部署に連絡をして、社内報を取りに来てもらいました。ここまでは当たり前かもしれませんが、ここからが彼女の真骨頂ともいえる行動です。給湯室で社員の湯のみを洗う女性たちの控え室、警備室、社用車の運転手たちの詰め所には自らが「手配り」したことです。
「いつもありがとうございます。社内報ができたので読んでください」。
この言葉を添え、その後、その場で5〜10分の立ち話をする。そこで貴重な情報を収集できたこともあったようです。
さらにもう一つは、社員の両親にも社内報を送り続けたことです。もちろん、事前に社員の了解を得て、年初にはリストを毎年メンテナンスしていました。いいところも悪いところも、ありのままの姿を知ってもらおうということで、江副氏の発案で送り始めたそうです。
ここまで徹底している、いや丁寧に配慮が行き届いた伝え方をしている企業がどれほどあるでしょうか。
◆必要なのは、企業のありのままの姿を発信し続けるオウンドメディア
『かもめ』の取り組みは、広報における多くの教訓を示しています。
社員や社員の家族に限らず、全ての利害関係者に対してもありのままの姿を発信し続ける媒体を、企業は持つべきです。そこからしか信頼関係は生まれません。個々人とのつながりもさることながら、組織としてのコミュニケーションの中枢を担うのが広報です。
ウェブ全盛の今にふさわしいオウンドメディアとは何か。当社はその解がニュースルームだと見立てています。
今やCSVが叫ばれる時代です。CSVとは「Creating Shared Value」の略で、「共有価値の創造」と訳されます。利害関係者は誰しも、企業・組織に欠かせない、共に価値を創造する仲間といえます。広報媒体は、利害関係者も含む企業・組織という有機体の中枢神経です。そのような役割を担う広報媒体こそ、真のオウンドメディアといえるのではないでしょうか。流行の言葉に踊らされている場合ではありません。