カスハラは、関係品質の問題である:第4回 関係品質は、経営リスク管理である

カスハラは、関係品質の問題である ――SRCFで読み解く「応答の履歴」と経営リスク
第4回 関係品質は、経営リスク管理である
カスハラとは、関係の揺らぎが可視化された経営リスクである。
本連載では、曽我昌子さんのセミナーを手がかりに、SRCFの視点から、関係品質、応答の履歴、サプライチェーン、ガバナンスの問題として読み解いていく。
これまで3回にわたり、カスハラを「関係品質」の問題として考えてきました。
第1回では、カスハラを「関係の揺らぎ」として捉えました。
第2回では、BtoCの顧客対応だけでなく、BtoBの取引関係やサプライチェーンにも、同じ構造があることを確認しました。
第3回では、記録するとは、相談内容を残すだけではなく、組織がその声にどう応答したのかを可視化することだと整理しました。
最終回となる今回は、これらを経営リスク管理の問題として捉え直します。
カスハラ対策というと、多くの場合、まず法令対応やマニュアル整備が想起されます。
方針を示す。
相談窓口を設ける。
対応手順を定める。
悪質な事案への対応方針を明確にする。
従業員を守る体制をつくる。
もちろん、これらは必要です。
むしろ、これらがなければ、現場は守られません。
しかし、ここで立ち止まる必要があります。
方針を出せば、カスハラはなくなるのでしょうか。
相談窓口を設ければ、従業員は本当に相談できるのでしょうか。
マニュアルを整備すれば、管理職は判断できるのでしょうか。
記録欄を用意すれば、組織は学習するのでしょうか。
答えは、そう単純ではありません。
制度は、存在しているだけでは機能しません。
運用されて初めて、意味を持ちます。
そして、制度が本当に機能しているかどうかは、関係品質に表れます。
従業員は、会社に守られていると感じているか。
相談したとき、きちんと受け止められると感じているか。
管理職は、一人で抱え込まずに判断できるか。
顧客や取引先に対して、必要な境界線を示せるか。
現場で起きた違和感や不安は、経営に届いているか。
ここが揺らいでいれば、制度はあっても、関係品質は守られていません。
カスハラ対策の本質は、現場を守ることです。
しかし、それは現場だけを守るという意味ではありません。
顧客との関係を守る。
従業員との関係を守る。
取引先との関係を守る。
管理職を孤立させない。
経営が現場の声から目をそらさない。
そのための仕組みが必要です。
SRCFの視点で言えば、カスハラ対策は制度資本の問題です。
方針策定。
相談体制整備。
初期対応。
記録。
分析。
改善教育。
エスカレーション。
経営への報告。
これらは、単なる管理項目ではありません。
関係品質を守るための制度です。
制度資本が弱ければ、現場は個人の努力に依存します。
対応が得意な人が、何とか場を収める。
我慢強い人が、長時間の対応に耐える。
責任感の強い上司が、一人で抱え込む。
取引先との関係を壊したくない担当者が、無理な要求をのみ込む。
一見すると、組織は回っているように見えます。
しかし、それは個人の忍耐によって成り立っているだけかもしれません。
その忍耐が限界を超えたとき、疲弊、離職、不信、炎上、訴訟、取引関係の悪化として表面化します。
だから、カスハラ対策は「困った人への対応」ではありません。
個人の忍耐に依存してきた関係を、組織の仕組みに置き換えることです。
ここで重要になるのが、判断です。
どの要求は受け止めるのか。
どの要求には境界線を示すのか。
どの段階で現場対応から組織対応へ切り替えるのか。
どの情報を経営に上げるのか。
どの事案を再発防止につなげるのか。
どの関係を見直すのか。
カスハラ対策には、常に判断が伴います。
すべての顧客の声をカスハラとして退けることはできません。
一方で、すべての要求を受け入れることもできません。
苦情の中には、企業が耳を傾けるべき重要な声があります。
従業員の相談の中には、組織の構造的な問題を示す声があります。
取引先の違和感の中には、サプライチェーン上の不健全な関係を知らせる声があります。
だからこそ、必要なのは、声を分類することだけではありません。
その声が、何を知らせているのか。
どの関係が揺らいでいるのか。
どこで応答が失われているのか。
組織として何を変えるべきなのか。
そこまで考えることが、経営リスク管理です。
経営リスク管理とは、危険を避けることだけではありません。
見えにくい揺らぎを早く捉え、関係が壊れる前に応答することです。
カスハラが起きたとき、企業は問われます。
なぜ、そこまで関係がこじれたのか。
従業員は、いつから苦しんでいたのか。
管理職は、何を知っていたのか。
経営は、どの段階で把握したのか。
記録は残っていたのか。
相談に対して、どのように応答したのか。
この問いに答えられない組織は、リスクを管理しているとは言えません。
ここで、ガバナンスの問題が立ち上がります。
企業統治というと、財務数値、内部統制、取締役会、監査、コンプライアンスといった言葉が思い浮かびます。
もちろん、それらは重要です。
しかし、数字だけを見ても、組織の状態は見えません。
数字が悪化する前に、関係が壊れていることがあります。
不祥事が表面化する前に、現場の違和感が無視されていることがあります。
離職が増える前に、相談しても変わらないという諦めが広がっていることがあります。
取引先とのトラブルが起きる前に、一方的な要求が常態化していることがあります。
つまり、経営が見るべきものは、結果として表れた数字だけではありません。
その前に、どのような判断があったのか。
どの声を聞いたのか。
どの声を聞かなかったのか。
どの違和感に応答したのか。
どの違和感を放置したのか。
ここを精査することが、これからのガバナンスには求められるのではないでしょうか。
監査会社が数字を見る存在だとすれば、社外取締役や監査等委員は、判断の形成過程を見る存在でもあります。
なぜ、その判断に至ったのか。
他の選択肢は検討されたのか。
異論は出たのか。
現場の声は届いていたのか。
顧客や取引先の声は、どう扱われたのか。
従業員の相談に、組織はどう応答したのか。
ここを見なければ、ガバナンスは形式にとどまります。
カスハラ対策は、この意味で、企業統治の入口にもなります。
なぜなら、カスハラは、関係の揺らぎが非常に分かりやすく表面化する現象だからです。
顧客と従業員の関係。
従業員と上司の関係。
現場と経営の関係。
委託元と委託先の関係。
発注側と受注側の関係。
会社と社会の関係。
これらのどこかに揺らぎがあると、カスハラや、それに近い問題として表れます。
だから、カスハラを単発のトラブルとして処理してはいけません。
そこに現れた声を受け止める。
関係の揺らぎを読み取る。
組織として応答する。
応答を記録する。
次の判断に生かす。
制度を改善する。
この循環が、関係品質を守ります。
そして、この循環が回っている組織は、強い組織です。
クレームが少ないから強いのではありません。
問題が起きないから強いのでもありません。
問題が起きたときに、声を受け止め、判断し、応答し、学習できるから強いのです。
カスハラ対策の目的は、顧客を遠ざけることではありません。
従業員を我慢させることでもありません。
現場をマニュアルで縛ることでもありません。
目的は、関係を壊さないことです。
関係が壊れそうになったときに、組織として気づくことです。
必要な境界線を示しながら、信頼を積み重ね直すことです。
その先に、消費者志向経営があります。
消費者志向経営とは、顧客の言うことをすべて聞く経営ではありません。
顧客の声を、企業の判断や改善につなげ、社会価値の向上へ結びつける経営です。
そのためには、従業員の尊厳が守られていなければなりません。
応答品質が安定していなければなりません。
顧客の声が経営に届いていなければなりません。
取引先との関係が一方的なものになっていてはいけません。
つまり、カスハラ対策は、消費者志向経営の実装でもあります。
同時に、SRCFで言えば、関係資本を制度資本として守る営みでもあります。
感情の揺らぎを受け止める。
関係の揺らぎを読み取る。
制度によって現場を支える。
記録によって歴史に残す。
応答によって物語を変えていく。
この循環が、企業の信頼をつくります。
カスハラは、関係品質の問題です。
そして関係品質は、理念ではありません。
経営の運用状態です。
日々の応答が、関係品質をつくります。
応答の履歴が、制度を強くします。
制度の運用が、従業員を守ります。
従業員が守られることで、顧客への応答品質が安定します。
顧客の声が経営に届くことで、企業は社会との関係を更新できます。
この連載で見てきたように、カスハラ対策は、現場対応の技術だけではありません。
それは、企業が声にどう向き合うのかを問うテーマです。
企業が関係の揺らぎにどう気づくのかを問うテーマです。
企業が自らの判断をどう記録し、どう精査し、どう次に生かすのかを問うテーマです。
被害者も加害者も出さない。
この言葉は、単なるスローガンではありません。
企業がステークホルダーとの関係をどう設計するのかという、経営の問いです。
カスハラ対策とは、関係の揺らぎを放置しないことです。
届いた声をなかったことにしないことです。
その声にどう応答したのかを、組織の履歴として残すことです。
そして、その履歴をもとに、次の判断を変えていくことです。
それが、関係品質を守る経営リスク管理であり、これからの企業に求められる責任のあり方なのだと思います。
