第13回 情報発信の本質は「エモーション × ストーリー」(6)

こんにちは、荒木洋二です。
現代社会は、膨大な情報がネットを中心に目まぐるしく駆け巡っています。経営者や情報発信に従事する者たちは、企業が発信する情報の本流とは何なのか、どんな情報を組み合わせればいいのか。その最適解を日夜、必死に探しています。
その問いをひもとくためのキーワードが、エモーション(感情)とストーリー(物語)です。どんな情報が人々の心を動かし、行動を変えていくのか。
つまり、ニュースルームでどんな情報を共有し、蓄積していけばいいのか。
前回の(5)では、筆者が最近「推し」ている、7人で構成されるガールズグループ「HANA」を取り上げました。
◆ちゃんみなの実体験に基づいたエモーショナルなエピソード
SKY-HI(スカイハイ=本名:日高光啓)率いる音楽プロダクションのBMSGによる本格オーディションプロジェクトの第2弾が『No No Girls』なのです。SKY-HIがちゃんみなに全幅の信頼を寄せ、プロジェクトは始動しました。
「No No Girls」の非常に興味深く特筆すべきことは、従来の発想であれば、埋もれていたであろう、ダイヤの原石を本気で世に出そうとした点です。
従来のテレビ番組は、誤解を恐れずにいえば、容姿を重視したアイドルを発掘するものだったと捉えることもできます。現代風の言葉で表現すると、ルッキズムです。それに対して、ちゃんみなの応募に寄せたメッセージは「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください」というものでした。
そのメッセージに心を強く動かされた結果として、国内のみならず韓国や米国をはじめとした世界各国から、7,000通を超える応募が集まったのです。ちゃんみな自身が、見た目や声に対して「No」をつきつけられ、ガールズグループを志すもデビューできなかった過去の苦い体験があります。
そんなエモーショナルなエピソードに惹かれて、彼女と同じように「No」をつきつけられ、自分自身を否定してきたガールズ30人たちが、書類・対面審査を通過しました。
◆NoFAKE、NoLAZE、NoHATEという3つの「No」
オーディション番組ちゃんみなは、番組内で「人格、性格、どういうことを経験してきたのかは、表情や声に出る」「その人の人生が声に乗っていればいい」と主張しています。そして、彼女はアーティストに求める3つの「No」を提示しました。
その3つとは、「NoFAKE –本物であれ–」「NoLAZE –誰よりも一生懸命であれ–」「NoHATE –自分に中指を立てるな–」です。
「No FAKE -本物であれ-」は、自分の経験や視点から見えるもの、本当に感じたものや事実を伝える自己表現上の指針です。「No LAZE -誰よりも一生懸命であれ-」は、自分と向き合うことを怠らないでほしいということ。そして、最後の「No HATE -自分に中指を立てるな-」は、自分の声、自分自身を信用すること。
ちゃんみなは、これが「『私なんて』と思わずに一生懸命生きることにつながる、今回のプロジェクトにおけるゴールでもある」と語っています。Hulu(フールー)での毎週の放送では、葛藤、苦渋、苦悩、喜びなど、さまざまな感情がそれぞれのメンバーからあふれています。
実は(Hulu放映の確か1週間前に)BMSGのオフィシャルYouTubeチャンネルでダイジェスト版が先に配信されていました。
壁にぶち当たっても自分から逃げずに正面から向き合い、過去の自分を乗り越えていく姿を毎回目の当たりにします。1週間後、還暦を迎える筆者の心にも深く刺さり、筆者自身を奮い立足せるほどのエネルギーに満ちています。
デビュー後、HANAのYouTubeのオフィシャルチャンネルでコメントを見ていると、男女問わず40〜60代の人たちもちらほらと見受けられます。中には祖父から勧められて、たどり着いた人もいるほどです。年齢に関係なく、世代を超え、今や多くの人たちに勇気、希望、エネルギーを与える存在になっているのです。
◆一つ一つのエピソードがストックされ、ストーリーを紡ぐ
「オーディション・プロジェクトにより、大勢のファンが生まれます。途中で惜しくも脱落したメンバーも含む一人一人にエモーショナルなエピソードがあります。それらエピソードの一つ一つが集まり、積み重なり、ストック(蓄積)されることで初めてストーリー(物語)が紡がれます。
このストーリーは、ほかに代わりがきかない、つまり「代替不可かつ模倣不可の唯一無二」のオリジナル・コンテンツです。ゆえに人々の心を大きく動かし、行動へと導いていく強力なエネルギーを持っているのです。
約1年間のプロジェクトでした。メンバー一人一人の人生を賭けた思い、未来への情熱が凝縮され、映像で表現されているのです。デビューまでの軌跡がYouTubeやHuluでいつでもどこでも、しかも繰り返し何度でも視聴できます。
これらの仕組み(システム)は、インターネットの普及により実現したものです。その仕組みにより、ファンの心に応援したいという熱烈な思い、揺るぎない感情(エモーション)が深く刻まれます。番組を起点として、大勢のファンの思いが詰まった、とてつもないエネルギーが蓄えられた空間、場所が創り上げられているのです。
次回は本連載をまとめます。企業において、エモーション(感情)とストーリー(物語)が重要であることを確認していきます。